ゆっくりだったスピードは徐々に速くなり、最終的にはあたしたちは走り出していた。 突き抜ける冷たい風があたしを絡ませて、これ以上なく気持ちがよかった。なのに、繋いでいる手だけが 熱を帯びていて、其処から伝染されるようにあたしの体全体が熱かった。それから、大きなビルの間を通り抜けると、木がまばらにあるあの公園にたどり着いた。てっきりあたしはその公園で立ち止まるのかと思いきや、彼のスピードは変わらずその公園を無視して何処かへ行こうとする。あたしは繋がっている手を引っ張って、強制的に立ち止まらせた。




「…如何したの?」
「……あたし、やっぱり行かない」
「何で?君が逃げたいって言ったんでしょ」
「そうだよ。でも…これって、なんか違う気がする」




例えばこれで、あたしが無事にあの人の手から逃げられたとしても、それは結局他人の手を引いてもらってやっと出来たことで、あたしが望んでいたものとは違う。あたしは戦わずして逃げることを選択した。あたしは、それが一人で出来るなら、自分の選択肢なら、それも戦法の一つだと思っていた。否、今でもそう思う。だけど、こうして誰かに頼って引っ張られて、その選択肢を選んでいるようじゃあたしは選択すらもさせてもらえず、結局何時ものとおり。あたしの、意味がない。それだったら、そんな風に誰かに連れられて逃げるくらいなら、あたしは真正面から戦うことを選択する。誰かに用意されたものじゃない選択を選ぶことが、あたしにとっては重要なんだ。(あたしは、プライドが高いのだと自分でも思う)




「だから、ごめん。あたしは行けない」
「…ふうん。なんだ、つまんないの」
「つまんなくて悪かったね」




それからお互い目を合わせて、笑い出す。案外あっさりと引き下がったものだからあたしは正直驚いた。だけどね、あたしは逃げるならあの公園がいいって思っただけなのかもしれない。それをこの人は自然に汲み取ってくれたのかも、しれないね。あたしが思っている以上に、あたしのことをわかってくれる人だったから。彼は手を解いて、代わりにあたしの頭の上にポンと手を置いて苦笑いをした。




「これでお役御免か、ちょっと寂しいな」
「へ?」
「君は如何思ってたかなんて知らないけど、僕はね戦わないで逃げるなんて卑怯なのってムカつくんだよね。そんなの最善策でもなんでもないってことを如何いう形でもいいから君に知ってほしかった。まあ、君が知ったか如何かなんて判らないけど。もしかしたら僕に反抗しているだけなのかもしれないけど、僕はそれでもいいよ」
「ねえ、なんの話?」


「さ、迎えが来たよ。頑張っておいで」




彼が横に退いたら、その後ろには息を切らしたお母さんがいて。驚いて視線を彼に戻そうとしたら、彼はもう其処にはいなかった。ただ、バチンという肌と肌が響き合う音で、あたしの中の彼は完全に何処か遠くへ行ってしまった。こうしてあたしの家出という名前の戦いは終わりを迎える。