塾からの帰りの電車の中では、参考書は欠かせない。参考書がなければ、勉強となるような本を読む。(話題になっている携帯小説や、ドラマの元になった原作本だなんて読んだら、あの煩い奇声を浴びせられるに違いない。)夜が遅いので、車内には人はまばらにしか見当たらない。自分の横に荷物を置いても怒られないくらいだ。そうして外の暗い闇を見つめて、今日もまたいつもどおりの日が終わる、と夜空を見上げた。車両さんの濁声のアナウンスが聞こえる。もう直ぐ、終点の駅に着く。


ただの日常なんて詰まらない。あたしは日常を非日常に変える為に、ホームから抜け出すと真っ直ぐ自分の家に帰る振りをしながら公園へと向かう。この行動を毎日繰り返せば、この非日常は日常になる。そうしたら、きっとあたしの持っている日常の中でも癒しとなる。癒してほしい、このくだらないからだとこころを。




「あ、」
「来ると思ってたよ」




昨日の少年が、いた。また綺麗な顔を振りまいて。今度は昨日あたしがいたジャングルジムの上にいる。そしてあたしは少年を切欠に思い出す。此処は、瞑れるんだったな。あたしの非日常が日常になる前に、完全に潰されてしまうんだな。なんてくだらない希望を持ち合わせていたのだろう。




「まだ喧嘩中なの?」
「いや、昨日帰った直後に仲直りのチューしたから」
「うげっ」
「嘘だよ、してない。そんなあからさまに変な顔しないでよ」




したくもなるよ、兄妹でチューなんて、想像しただけで気持ち悪い。(こういう偏見の持ちようは、あの人と同じで少しイラつくけど)




「…それより君は、今日も天体観測?」
「今日は違うよ。塾の帰りに、ちょっと寄ってみただけ」
「ふーん。如何して?」
「別にいいでしょ。人のプライベートにあんまり突っ込まないで」
「ひっどーい。僕はちゃんと仲直りの仕方まで喋ってあげたのに」
「そっちが勝手にベラベラ喋ったんでしょ!嘘だったくせに」
「うわー。僕傷ついちゃった」




軽口を叩きながら、シクシクと擬声を出しながら泣いた振りをする彼を見て、つい噴出す。何年ぶりだろう、挨拶以外で同年代の人と会話を交わすのは。でも噴出しちゃうのは悪かったかな、なんて思いながら彼の顔を見たら、彼も笑っていた。なんて幸せな非日常。こんな幸せ、何年ぶり?人と関わることは、無駄なことではないとあの人に大声で叫んでやりたい。人の心を満たすのは、人の心でありたいから。




「あたしね、家に帰りたくないんだぁ…」




あたしがそう言えば、彼は興味なさそうに「ふーん」と言ってそっぽを向く。深く追求してこないのは、こっちが話すのを待っているからだ。だけどあたしはこれ以上話す気はなくてただジャングルジムの横から空を見上げるだけ。彼はあたしを見下ろして、これ以上は話さないと察したらしいのか、ジャングルジムのてっぺんから飛び降りる。(あたしには到底出来ない芸当だ)それから、あたしを見返りもせずそのまま公園の出入り口へ向かって、背を向けたまま手を振った。あたしもこっそり、振り返す。「またね」そう言えば、また明日逢える気がしていた。