トントントントントントン。包丁が俎板を叩く音で眼が覚める。ああ、もう朝か、憂鬱で陰鬱な朝か。何時もどおりに起きて何時もどおりに着替えて何時もどおりに朝食を食べて何時もどおりに学校へ行って何時もどおりに勉強して何時もどおりに勉強して何時もどおりに勉強して何時もどおりに勉強して何時もどおりに帰って何時もどおりに塾へ行き何時もどおりに帰って何時もどおりに勉強する今日が何時もどおりに始まる。あたしのくだらなくてくだらない日常。勉強する以外には食べることと寝ることと歩くこと。何をすればいいか、なんて考えることすら許されない。友達と遊ぶなんて言語道断だ。愚かにもあたしは一度、言ったことがある。普通の子と同じように遊んで過ごしたい。




「そうね、確かにだって中学生だものね。遊びたい気持ちはお母さんにだってよーくわかるわ。だけどね、判っているでしょう?今は受験の大事な時期なの。今日遊んでいたのと今日勉強したのだと、結果は違うのよ?合格発表時に掲示板を見て、『あの日ちゃんと勉強しておけばよかった』なんて思っても遅いのよ。だから今勉強するの、だからそんな遊びたいだなんて言わないでちょうだい。そんなこと言っているようなら、お父さんみたいな弁護士になることは程遠いわ」




理解論を述べているようで、自分の考えを押し付けて納得させる言い方に好い加減腹が立つ。この人は単に、自分の言うとおりにしないことに腹立たしく思っているだけなんだ。だから自分の言うとおりに動く人間を作ろうとして、あたしを納得させようとしている。だけど残念だったね、あたしはあんたよりもずっとずっと頭がいい。自分で言うのもなんだけどあんたよりは賢い人間なんだ。そんな言葉で騙されて納得するほど愚かではないよ。それでも、そんなことをいくら考えていても、あたしはロボット。あたしには考えることは許されない。ただ言われたことを言われたとおりにやる機械的なロボット。なんて詰まらない人間。


何時もどおりの時間に、自分の部屋で着替えてリビングへと向かう。勿論片手に参考書は忘れない。ドアを開けると、昨日とは打って変わってニコニコ笑っているお母さんがいた。




「おはよう、




何事も笑っているかのように笑っているこの人が妙に憎たらしくて、何時もどおりにあたしはシカトしてテーブルに着いた。テーブルの上には既に目玉焼きとパンが置いてある。パンの傍らにはあたしが何時も使うイチゴジャムが置かれて、あたしは何時もどおりにそのイチゴジャムの瓶に手を伸ばし、掴んで蓋を開けた。




「ねぇ、今日塾よね?」
「…いただきます」
「夕飯と一緒に月謝置いとくから。払っておいてね」
「……」




微妙に噛みあわない会話も何時もどおり。日常。寧ろ、言ってしまえば昨日が非日常だっただけなんだ。何時もどおりじゃない。久しぶりにまともな会話したと思ったら、口論になってあたしは家を飛び出して。あたしの非日常。大嫌いな日常、昨日の非日常は新鮮なあたし。今ある日常なんて消えてしまえばいいとすら思う。それからあたしは「あら、また子供が殺されたの?はああいう大人になっちゃ駄目よ。ああいう大人はね、まともな大学出てないんだから。貴方はしっかり勉強して、一流の人間になりなくては駄目よ…」とかなんとか言ってる馬鹿な母親を何時もどおりに無視して、手を合わせて「ごちそうさま」と自分にだけ聞こえるように言って、リビングを出て行く。「行ってきます」誰にいうわけでもなくそう言って、家を出た。


あたしの横を何人かの生徒が追い抜いていく。部活に朝寝坊して走る男子、おしゃべりしながら道一杯に広がって歩く女子たち、自転車に乗ったおじさん、仕事へ向かう途中のサラリーマン。彼らにはきっと、一日一日が平凡だけど、平凡で羨ましい。あたしだって平凡と言っちゃ平凡な毎日だけど、毎日のように数字やら漢字やらを詰め込まれて平凡と言うほど退屈なものではないんだ。退屈は楽しい。退屈は苦痛。あたしは、後者。




「おはよう、さん」
「…はよ」




こんな詰まらない人間のあたしに、ちゃんと挨拶をしてくれる名前も思い出せないクラスメイト。ねえ、お母さん。このクラスメイトはね、きっと貴方よりもずっと馬鹿じゃないし愚かでもない。貴方ほど傲慢でくだらない人間、この世の中に一体何人いるんだろう。あたしの日常ほどくだらないものが、一体何個あるんだろう。大事なものをなくしっぱなしのあたしは、きっとそのうち意識が消えて本当のロボットになっちゃうよ。