ぐい、と不意に腕を引かれ、振り返ると跳ねた栗毛が視界に映った。子どもみたいな甘い笑顔と、空のように青い軍服。その全体を視界の中に招き入れると、は唇を引き締め、眉をひそめて、不機嫌そうな顔を作った。それを眺めながら細められた目が何でもないように笑っている。
「どうしたの、フェリシアーノ。さっきまであんなに楽しそうに女の子とおしゃべりしていたのに。そんなに急いで、何か、用事かしら」
 硬く冷たい、強張った声で払いのけると、フェリシアーノは困ったように首を傾げて、違うよ、と穏やかに告げる。君を見かけたから、つい追いかけてきちゃった。いつも通りのにこにこ笑顔に腹が立つ。はぷいとそっぽを向きながら、そう、と一言告げて再び歩き出そうとする。フェリシアーノはそれを追いかけるように足早に隣を確保し、「ヴェ、ちゃん歩くの速い」と感心するみたいにつぶやくが、それをも全て無視して足を進めた。
「見てたんなら、声かけてくれればよかったのに〜」
「邪魔しちゃあ悪いと思って。別に用事もなかったし」
「用事がなくても、俺はちゃんと話したいのに」
 ほんとうにもう、やんなっちゃう。それがさっきまで別の女の子と楽しそうに会話をしていた男の言う台詞だろうか。彼のそういった軟派なところがとても嫌いだ。いい加減なところとか、ヘタレなところも。何もかもが癪に障って、気分が悪い。わかりやすく、嫌味のように溜息を吐いて見せるが、フェリシアーノは別段気にした風もなく、それでも軽口をつらつらと述べた。
「私、これからルートさんのところに行くの」
「ヴェ、じゃあ俺も一緒に行ってもいい?」
「ダメ。イヤ。絶対来ないで」
 普段はヘタレのくせに、の、そんなちょっとした拒絶には全然応じないところも、嫌いだった。普段なら、絶対ルートに泣きつくはずなのに。そうやって、何を考えているのかわからない笑顔も、見るたびに目をそらしてしまう。嫌いなところは数えきれないほどあるのに、そうやって、無意識にでも意識的にでもの心を占領するような、そんな彼のことが苦手だ。
 フェリシアーノは相も変わらない笑顔でのすぐ隣を、と同じ速度で歩き続ける。長い足で少し小さ目の歩幅で、合わせるようにつま先を蹴った。の足なら、どんな速さだろうと追いつくよ、とでも言いたげに。
ちゃんってさあ、そんなに俺のこと嫌い?」
「嫌い。大っ嫌い。近付かないでほしい」
「ヴェ、そんなに言われたら傷つくよ」
 そうは言いつつもあまり関心はない様子で、子どもみたいな笑顔で、大人のような駆け引きをする。感情を込めない声で、坦々と振る舞わっていても、彼の前では何の意味もなさない。彼をひっそりと睨んでみたって、きらきらとした愛らしい笑顔しか返さない。のすべての行動が彼の前では空回りで、そのたびに戸惑って、焦って、どうしようもない苛々をため込んでしまう。
ちゃんってば、嘘ばっかり」
 見ているだけで、傍に寄るだけで、話すだけで触るだけで目が合うだけで、この世に存在するだけで、不快なほどに胸を軋ませる。
 そんな彼は、脳内に居座って、愛らしく憎めない笑顔を誰にでもまき散らすから、私は何度も出ていってくれと願うのだ。