細くて脆そうで弱々しい大人の背中を見上げながら、包帯に巻かれた手によって俺はどんどんと引きずられて行く。社会人のこの人と小学生の自分じゃあ、歩幅が大きく違うのに、この大人は俺に気を使っているのかゆっくりとした足取りで歩を進めた。こんなとこ、誰かに見られたら困るのはの方なのに。視界にちらほら入ってくる、自分の手に触れた包帯は、無理矢理に罪悪感を押しつけてるようだった。もしかしたら、そのつもりでこの人は怪我した方の手で俺の手を握っているのかもしれない。もう治りかけているはずの、包帯で巻かれた右腕がずきずきと痛み始める。この人のせいだ。 「静くん」 がこちらを振り向くと、手と同じように巻かれた頭の包帯と、頬に張られたガーゼやら何やら、白いものが思い切り画面の中に入り込んできた。俺のせいでそんな顔になっちまったっていうのに、この人は俺から離れないで、むしろ喜んで手を繋いで、俺が遠ざけようとする道を全て塞いでしまう。この大人がやることはいつもずるがしこくて卑怯で、気に入らない。 「あのさ、えっと……手、痛くねぇの?」 「痛いよ。でも、謝らないでね」 「…なんで」 「怪我したのはわたしだけじゃないからね。おあいこ」 お前は俺のせいで死にかけたんだぞ。全然おあいこじゃねぇよ、馬鹿。そのまま口に出しただけだったのに、俺の声は何故か泣きそうになってて、胸の内の不安定な何かがどんどんと膨らみ始めた。は俺につられたように少し震えた声で「わたしが痛がれば痛がるほど、君が傷つくから。おあいこ」と、もうひとつ理由を作りだす。そうやって俺を罪悪感まみれにさせて、この手から逃げる気をなくさせるから、むかつく。それなのに、俺はこうしてそのやり口に甘えてる。握り返すことができない左手を触れられていることが嬉しくて、離してほしくないと願ってしまう。この生ぬるい体温に触れていたいと思ってしまう。結局のところ、一番ずるがしこくて卑怯なのは俺だった。 「静くん」 「なんだよ」 ぴゅうぴゅう風が吹いて、空を見るともう真っ暗で、本来なら今頃夕飯を食べているはずだった。なのに俺の足はどんどんと家から遠ざかっていく。今頃、母さんも父さんも、幽も、心配してんだろうな。家に帰りたいという気持ちは確かにあるのに、この人を一人には出来ない。俺が傍にいたって傷つけるだけだってわかってるけど、この人の周りには今はもう俺しかいないから、傷つけたって何したって、離れられない。それはたぶん、この人のわがままじゃない。 「静くんは、わたしを置いていかないよね。傍にいてくれるよね」 ゆるく繋がれた手にぐっと力が込められる。この手だって、俺がその気になれば逃げだすことは簡単だ。逃げる理由だってある。でも、俺はこの細くて骨っぽい手を離して、頼りのない背中を置いていけない。顔を上げれば、弱々しく震えた瞳がこちらを見下ろしていた。じっと、俺の向こうに誰かを見透かして、懇願している。 「がいてほしいなら、いる。いてやる。置いていかねぇ。が嫌だっつっても、絶対、傍にいる」 「でも、俺はの子供にはなれねぇよ」 死んだ子供の代わりなんて、ごめんだ。 (ぼくは誰のにせものですか) (2012/07/23)(title by alkalism) |