「ああ、あの人は俺の秘書。最近雇ったんだ」

臨也くんの住むマンションを尋ねたら、中からやけに綺麗な女の人が出てきた。さらさらの長いストレートな黒髪で、スタイルも羨ましくなるほどいいし、顔立ちも臨也くんと並んでも劣らないくらいの淡麗さだ。わたしがしばし見とれていると、ドアの向こうから臨也くんが「あれ?、どうしたの?早く中入りなよ」と催促したので、私は彼女と入れ替わるように中に入った。今の人綺麗だったね、取引先の人?と臨也くんに聞くと、臨也くんはさらりとそう答えた。

「秘書?臨也くんが人雇うなんて珍しいね」

玄関に腰かけてわたしは靴を脱ぐ作業に取り掛かる。最近買ったこの靴は、すごく可愛いんだけど履きづらくて脱ぎづらいのが欠点なのだ。紐の部分が濃い目の赤で、さらにメインはピンク色でとても可愛いんだけれど何処か子供じみてて、たぶんあの人には似合わない。シックな色した大人っぽい黒とかは、わたしには似合わない。臨也くんのお墨付き。いいなあ。ああいう、大人の女性って憧れる。子供じみた服装に、子供っぽい表情、子供だなあって思う仕草。どれもこれも、臨也くんと並ぶには幼すぎて、いやになっちゃう。

「仕事が早くて、正確でね。俺も助かってるんだ」
「ふうん、…そうなんだ」

どうせわたしは臨也くんの仕事の手伝いなんてできませんよ。頭の中で可愛くないことを考えていると、自然と返事がそっけないものになってしまった。弁解しようにもなんて言っていいかわからず、わたしはそのまま靴に視線を向けたまま紐を解いていく。一つ目が脱げたところで、いつのまにかわたしの隣にしゃがんでいた臨也くんがわたしの脱げた靴を手に取った。そうして眺めながら「新しいの?」と聞いて、気付いてもらえたことに嬉しくなったわたしは思わず顔を上げた。

「うん。この前池袋で買ったの」
「池袋には行っちゃだめって言わなかったっけ?」
「う……ごめんなさい」

わたしがしょっちゅう池袋に出入りしていることに、臨也くんがあんまりいい顔しないのは知ってるけど、サンシャインの中とか色々行きつけのお店があるから、好きなんだもん。不満が顔に出ていたのか臨也くんは少し不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、わたしの両頬をひっぱった。「いひゃい!」と叫んで押しのけると、その手は簡単に外れて、わたしは痛みの残る両頬を自分の手で覆った。酷いよ臨也くん。おたふく風邪みたいになっちゃったじゃない。鏡ないから自分の顔がどうなってるのかわからないけど。だらだら文句を言いながら、紐を解いてる途中のもう片方に手をかけた。「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」と臨也くんは立ち上がったので、紅茶と答えて脱げたもう片方を玄関に綺麗に並べて、急いで臨也くんの後を追いかけた。

「似合ってると思うよ、あの靴」
「まだその話題引っ張るの?…子供っぽくない?」
「子供っぽいから似合うんでしょ」
「…なんか複雑」
「なんで?可愛いじゃん。俺は好きだよ」

にやりと何かを企んでいるみたいに不敵に笑って、臨也くんはさらりと言った。臨也くんは何もかも見透かしているくせに、わたしの胸の中に生まれた重しを決して取り払ってはくれない。少し負担を軽くするだけで、わたしを安心させるような言葉は絶対にくれない。そうやって自分だけが満足して、自分だけいい思いをして、わたしには目もくれない。やっぱり臨也くんは酷いなあ。そんな臨也くんに甘い自分は案外嫌いじゃなかったりするけど。

足から重しが切り離されるのと一緒に、さっき芽生えた感情も捨てられればいいのにね。



       チ
     キ マ
            ッ   ァ

       プ


(2012/03/23)