って字きれいだよな」

 俺の言葉を聞いて、日誌をつらつらと書き綴っていたはぴたりと手を止めて少し照れたように「そう?」と首をかしげた。細い指に絡まるシャーペンの先は、先程まで書かれていた文字の列が並んでいて、俺はそれを眺めながら頷く。そういえばって書道部で、この間も何やら賞をとって壇上に上がっていた気がする。それなら自信を持ってもいいぐらいなのに、彼女はいつも自信なさげに顔を俯けていた。
 日誌の上に再び落とされていく字を見つめていると、は恥ずかしそうに「日誌やっとくから黒板お願いしてもいい?」と眉を歪めた。それから、黒板をきれいに消して、書き終わった日誌と鞄を持つと二人で教室から出る。このまま部活に行く前に、職員室に用事があったので、日誌は俺が届けると伝えると、はありがとうと笑い、猫背気味に背を向ける。あんなに猫背なのに、字を書くときだけはやけにぴんとまっすぐな姿勢であることを俺は知っている。いつもそうしてればいいのに、ともどかしくも感じている。
 ふと、手元に残った日誌をぱらぱらとめくってみた。一番新しい日付のページを見ると、細く、女子っぽいのに丸っこくなく、規則正しく並べられた文字が目に入る。日誌は全部に任せたからどこもかしこもきれいな彼女の字だらけだ。泉孝介、という俺の名前も。
 なんとなく、の字は好きだなと思ったのを覚えてる。


(あのてっぺんにアイロニー)


「泉、泉!これ誰から!?うまそー!!」
「知らねえ。机に入ってた」
「マジで?本命っぽくね?やばくね?」

 横で騒ぎ立てる田島と浜田を無視して、丁寧にラッピングされた袋を覗く。バレンタインなのにチョコレート菓子ではなくプレーンのマドレーヌだ。本命だったら、チョコじゃねえの、そこは。喜ぶべきなのかがっかりすべきなのかわからないまま、周りにとられる前に食っちまおうかと考えたところで、そのラッピングの袋に付箋が張り付けられているのを見つけた。おそらく区別するために張り付けた付箋を取り忘れたのかもしれない。後で袋のごみと一緒に捨てとこうとそれを剥がすと、小さく書かれた「泉くん」という文字が目に入ってきて、あ、と声をあげた。
 細く、規則正しく並んでいて、丸っこくなく、けれど女子っぽい。そんな字に見覚えがある。はっと顔をあげて教室を見渡すと、ばちりとと目があった。すぐにそらされてしまったけれど、少し恥ずかしそうに俯く姿にいつだったか一緒に日直をやった日のことを思い出すには十分だ。
 この、きれいな字を好きだと思ったことも。
 手に持ったままだったマドレーヌを恒例どおりにうまそうと言ってから、口の中へと放り込む。控えめな甘さがじんわりと舌の上を広がって、次々と胃の中へと落ちていった。やがてからっぽになった袋の中に付箋をきれいに折り畳んで突っ込むと、は何が好きなんだろうな、と考えながらそれをポケットにしまった。


(2012/02/22)(なこちゃんへ!)