ただの勢いだった。愛してるとたくさんの奴に言われて、ようやく自分を好きになれて、力の加減も出来るようになって。全部終わった瞬間に、最初に頭に浮かんだのが彼女のことだった。彼女のことは好きか嫌いかと問われれば勿論好きだったけれど、恋愛対象かと問われればなんて答えていいのかわからなかった。曖昧な感情を持て余して、友達とも恋人とも言えないなあなあな関係をずるずる引っ張り込んで。気付けずにいたのは、自分に踏ん切りがつけられず、臆病だったからだ。だけど、今ならはっきりわかる。

駈け出した足を進め続けて、彼女の住むマンションが見えるとふとその足が止まった。今、何時だ?薄暗い視界の中で、携帯を開くと眩しい光が漏れてあたりを照らした。画面に表示されている時計を覗き込むと、とっくに日付を超えていて、当然ながら人を訪ねるには遅すぎる時間帯だ。これが仕事なら、相手の都合なんざ考えずに、ずかずかと家の中に入ってぐうすか眠ってる人間を叩き起こすところなのだが。

迷惑がられるだろうか。そう考えながらも、一度止まった足はしっかりと彼女の家の方へと歩み始めていた。迷惑はかけたくない。けれど、我慢をすることをやめた俺には、今持っている一番強い感情を無視することも出来ず、進む足を止めることができなかった。変なことをしに行くわけじゃない。ただ、逢いたくなっただけなんだから、これぐらい許してほしい。

ようやく見えてきた彼女のマンションの前に、人影が見えた。小さくこじんまりした背中に、お酒を飲んでいるのか若干危なげな足取りでちまちまと歩く姿。俺の足音に気付いたらしいその人物は、こちらへ振り向くと驚いた様子で俺の名前を呼んだ。

「静雄くん?」

マンションの入り口から漏れる光が逆光となって顔はよく見えない。けれど声と背格好で誰だか容易に想像できる。っていうかそもそも、今の今まで考えていた人物で。早足で彼女のところへ寄ってみると、お酒のせいか少し頬が上昇した彼女が不思議そうに首を傾げた。

さん、」
「こんな夜遅くにどうし…って、静雄くん、傷だらけ!切り裂き魔!?」

つか、さんこそこんな時間に何外で歩いてるんすか。女一人で夜道歩いてたら危ないですよ。大体今は切り裂き魔が出て危ねぇんだから(今日解決したけど)。せめて飲みに行くんでも、誰かに送ってもらえばいいのに。…自分以外の男が彼女と一緒に歩く姿は想像するだけでも標識を折れそうなくらい腹が立つから、希望としてはこっちに連絡してくれれば嬉しいことなのだが。そんなことを一通り考えた後、まあ、そういうのを伝えるのは後でいいかと思考を投げ出し、近くまで寄った彼女の小さな体を引き寄せて、スーツに包まれた体を抱きしめた。

「え!?ししししずおくん!?」
「……なんすか」
「ど、どど、どうしたの?」

なんていうか、逢いたくなったもんだから。で、実際逢ってみたら、抱きしめたくなったから。言葉よりも先に出てしまった行動に少しだけ後悔もするけれど、今だけは許してほしい。胸の中で真っ赤になっている彼女の体を、離さないように強く、けれど壊すことのないよう手加減をしながら、捕まえた。


             に
        


    
      り
        
     あ
      ま
      
        な
         ど  せ
           ん

(2011/12/19)(title by alkalism)