もぞもぞと男が動く気配がして、私はゆっくりと目を開けた。朝の日差しをカーテンが覆うけれど、覆い切れずにはみ出す光が部屋の中を照らしていた。視界に映る背中がYシャツに隠されるのを眠たい瞳で見上げてから、そっと布団から手を伸ばした。少し冷たい空気がひんやりと剥き出しになった肌にあたり、皮の上が泡立った。そのままYシャツを掴み軽くひっぱると、六条はぐるんと体ごとこちらに向けて「おはようハニー」と朝から暑苦しいキスをお見舞いした。 「ハニーはやめてっていってるでしょ、ばかじょう」 「………」 「何にやにやしてるのよ」 「いや、にヤキモチ妬かれてると思うと嬉しくて」 「キモ」 思わずYシャツから手を離してひきつった顔で言うと、六条は眉を寄せては大げさにショックを受けたような顔をした。私は顔をそむけて、体ごと視界を反対側に向けて目の前にいる六条を追い出す。「キモってちょ、。ごめんって」焦ったようだけれど、何処か軽い口調で私に謝るこいつに苛々しながらシーツをひっかいた。どんなに謝ったところで、六条は私が傷つくことを決してやめない。女の子を傷つける男は許さないという六条は、たぶん一番女の子を振りまわし傷つけているのだろうと思っているのは、きっと私だけじゃないはずだ。複数の女の子をデートに誘ったら殴られる意味だってわかっているくせに、それを決してやめたりしない六条はろくでもなくて、本当にどうしようもないやつだ。 「ろくじょう、今日は、なんかあるの」 「ノンたちとデート」 「行く途中でダンプにでも轢かれて死ねばいいのに」 「今日の、なんか毒舌二割増?」 「馬鹿じゃないの」 こんな男、早く死んだ方が世の中のためだと思う。女と寝た次の日にまた別の女たちとデートだなんて、ふざけてるわよね、本当。でもそれが、六条の愛し方であって、しょうもないことにこいつは死ぬほど真剣なのだ。それがわかっているからこそ、余計に腹が立つ。でも一番腹が立つのは、六条のそんなところをわかっていながら手離せないで、甘えている、わたしだ。 後ろで布が擦れる音が途切れると、二人分の体重を支えていたベッドが軽くスプリングをし、少しだけ浮いたような感覚に陥った。ごろんと布団に背をつけ、立ち上がったであろう六条を見上げると、六条はこちらを向いて薄く笑う。「やっとこっち向いてくれた」外に跳ねている髪の毛を揺らし、お気に入りの帽子で隠してしまう。 「もう行っちゃうの?」 「女の子待たせるなんてこと、できねぇしな」 「……そう」 「と離れるのは俺だって辛いけどさ」 「とっとと行けこの色ボケ野郎」 「ひっでえ!」 行かないで、なんて、他の女もやっているようなことを素直に言えるわけがなく、唇からは嘘の言葉ばかりが零れた。六条は女が好きだから、私にも優しい。優しくされると、好きだと言われると、キスされると、嬉しい。だけど他の女と一緒は嫌だ。私が六条を特別に想ってるのと同じように、私も六条の特別になりたい。そう思うと、自然に口から出る言葉はあまのじゃくなものばかりになった。それも、きっと他の女がやっているかもしれないけれど。 「」 ハニーと呼ばれるのは嫌いだ。他の女と同列扱いされている気がするから。名前を呼ばれるのが好きだ。六条のことが、好きだ。気持ちばかり胸の内から溢れるのに、言葉はいつも空回るから、何も声が出せなくなる。六条の掌がそっと枕元に置かれて、体重をかけられるとその場所がわずかに沈む。そのまま再びベッドに乗り上げてきた六条は、腕を折りながら、そのまま端正な顔をゆっくりと近づけた。 「じゃ、行ってくるな。いい子にしてろよ、」 軽く触れ合うだけのキスを交わした後、私を慈しむように優しく撫でると、子供のように頬を綻ばせた。彼のいなくなった部屋は、がらんと殺風景になって、まるで色がなくなったかのような寂しいものだった。シャツを掴んだ掌を見返す。つるっと滑る感覚も、彼を包む体温もこの掌と唇が覚えている。掴んでも捕まえても困らせるばかりで結局手離してしまうわたしは、一番好きな人にも愛されないまま、ベッドの海に深く深く沈むのだ。 水
ア ル 葬 バ ー ン ュ チ (2011/09/02) |