部屋の明かりがパッとついたと同時に、意識がスッと戻ってくる。うーん、よく寝た。明かりがついてるってことは、マスター帰ってきたのかな?そっとドアから顔を出すと、マスターの顔がいっぱいに映って、嬉しくなった。

「マスター、おかえり!」

思わず駆け寄って、マスターにそう言うとマスターは何も言わずにインターネットエクスプローラーを開いた。それからいつもどおりに某動画サイトへ行くとランキングをチェックする。ランキングには今日も、ボーカロイドの曲が上がっている。新曲だったり、以前からの人気ソングだったりとさまざまだ。その中に鏡音レンの文字が浮かぶ。あ、僕の歌だ。正確には僕のじゃないけど。マスターがそれをクリックすると、メロディーが流れだす。マスターは右から左へ流れていくコメントを見ながらふんふんと頷き、マウスの上に置いてある指でリズムをとっていた。パソコンから流れる僕の声は、なんだか僕の声じゃないみたいに滑舌がよくて透きとおる声だ。それを聞いていると、体の中がうずうずする。

「ねー、マスター!マスターも曲作ろうよ。僕最近歌ってないしさあっ」
「今はさ、あんまり調教とかもうまくないかもしれないけど。マスターなら大丈夫だよ!すぐこの人も追い越すよきっと!」
「だから、さっ」

歌わせてよ。

僕、マスターの好きな曲とか、教えてくれた曲とか、いっぱい練習したよ。たぶん、ちょっとうまくなってると思うんだ。インストールしてすぐの時はたくさんいじってくれたのに、最近は全然だし、僕のこと放置しすぎじゃない?マスターが起動してくれなきゃ、どんなに練習しても僕の歌はマスターには聞こえないんだよ。ねーねー、マスターは聞き専じゃなくてたまには作る側にもなってみようよ。別にオリジナルじゃなくても、カバーでもトークでもいいからさっ。

「…ねえ、マスター。もう、飽きちゃった?」






マスターは一通り聞き終わると、今度は非公式ファンサイトを回り始める。それはボーカロイドのサイトだったり他の版権だったりさまざまだけど、どれもマスターは楽しそうに見る。小説を読んだり絵を見てたり。時々嬉しそうに笑って、悲しそうにして、視線はいろんなところへと移り変わる。僕がじっとマスターを見つめても、絶対に交わらない視線。眼が合ったとしてもそれはただの気のせい。どんなに練習したって、パソコンの外に聞こえるのは無機質な機械音でマスターが調教してくれなきゃ何も変わらない。上手くなったとしてもそれはやっぱり気のせい。

「マスター」

一枚の分厚いガラスに手を添えると、暖かい熱が伝わった。叩けば割れるような気がする境界線を、僕は永遠に超えることはできない。

「僕は、」









 聞かずや

   遠つ


(2011/06/25)(title by alkalism)