「食わねえの?」
「え、あっ。た、たべます」

はそう言いながら、目の前のケーキに手を伸ばした。フォークで三角形のそれを崩すと、一口大のケーキを口に運ぶ。それから「美味しい」と言っていつも通り頬を綻ばせて微笑んでいたけれど、何か違和感を感じた。あれ?こいつ、甘いもん好きだったよな?前に一緒にケーキバイキング行った時は、もっと美味しそうに、頬に手を当てて幸せそうに笑ってた気がする。その時と同じ表情なはずなのに、何が違うのかもわからず、首を傾げた。

「…どうした?」
「なんでもないですよ」

は笑って、また一口、ケーキを飲み込んだ。美味しいと言っているのに、全然美味しそうに見えない。「嘘吐け」直感だけど。言ってみせると明らかに動揺した風に彼女は俺を見上げた。「正直に言わねえと、怒るぞ」怒ってもに当たる気はないのだけれど、こうでも言わないとは意地でも何でもないと言い張って、引き下がらないのだ。それに、こいつが俺といるときに俺以外の何かに悩まされていると思うと、その対象に腹が立つ。勉強とか、友人関係とか、こいつにも色々あるのはわかっている。けど、苛つくもんはしょうがねえだろ。

「……その返しはずるいです」

わたし逆らえないじゃないですか。拗ねたようには俺を睨みつけるけれど、子供っぽいその表情はちっとも怖さを感じない。ていうか可愛い。こいつ狙ってやってんじゃねぇのか。思わずわしゃわしゃと頭を撫でてやると、思ったより乱暴になってしまって、綺麗に整えられた彼女の髪の毛は一瞬にしてぐしゃぐしゃになってしまった。は「やめてくださいよ、もう」とますます機嫌を損ねたようで、フォークを置いて、俺の手を跳ねのけると手を櫛代わりに整え始める。自業自得とはいえ、放置されるのはむかつく。俺はまだ髪の毛を整えている最中のの頭に再び手を伸ばし、がしっとしっかり掴むと頭をそのまま胸まで引き寄せて抱きすくんだ。「いた、いたいです」と小さく漏らすけれど、んなの、俺のこと無碍にしたんだから自業自得だろ。と思いつつもやっぱり少し可哀想なので、力を弱めつつ手を肩へと移動させ、「んで?」と催促するように問いかけた。は俺を見上げると少し気まずそうに口を紡んだけれど、さっきの言葉が利いているのか、逃げようとはしなかった。

「今日の学校帰りに友達と、この店行って、静雄さんのこと見かけたんです」

少しの沈黙の後、さっきとは打って変わり、自信のないような弱々しい声が小さく響いた。ん?じゃあ土産必要なかったのか。なら無理に今日食わなくてもよかったのに。なんで言ってくれなかったんだ?―――ていうか、見かけた?

「んだよ、じゃあ声かけてくれりゃあよかったのに」
「…ヴァローナさんと二人だったので、邪魔しちゃ悪いかなって」
「そんなもん関係、―――」

ねえだろと言いかけて、の表情が先ほどよりも暗くなっていることに気付いて声が止まった。確かに、店にいたときはヴァローナと一緒だった。トムさんにも声はかけてみたけれど、甘いもんはバイキングで食うほど得意じゃねぇんだと断られて、二人で行くことになったのだ。ああ、なんだ、それはつまるところ、

「…なんだ、妬いてんのか」
「……。静雄さんのばか」

だから言いたくなかったのに。どうせわたしは子供ですよ、もう言ったんだから離してください。誰もそんなことは言ってないのに、は勝手に勘違いして、再び拗ねて俺を押しのけようとし始める。の力じゃあ当然俺のことはどうにもできない。つーかなんだこいつ、ほんと可愛いじゃねぇかこの馬鹿。自然と顔がにやけてしまう。俯いてしまって顔は見えないけれど、髪の間から覗く耳が赤くなっていて、恥ずかしがってんのかこいつとか思うとますます胸がいっぱいになってしまう。の肩を掴む手に思わず力が入ってしまい、「痛っ」との甲高い声で我に返り、謝りながらその手を緩めた。

「あー…なんだ、その」
「……」
「明日、二人で行くか。あの店」

俺の胸板を押していた力が弱まり、ぎゅうとその手がシャツを掴むと、は顔を俯かせたまま小さく頷いた。さっきまでこいつの悩ませる原因をぶっ殺してやろうとか思っていたのに、それらは嘘みたいに吹っ飛んで、目の前のこいつで頭がいっぱいになる。いや、前からいっぱいだったけど。あー畜生。俯いた顔を残った手で無理矢理上げさせて、そのまま何か言いたそうな唇を塞ぐと生クリームの甘ったるい味がした。嫉妬ぐらい俺だってしてる。いや、俺の方がしてる。するのがガキだって言うなら俺は一生ガキのまんまだ。そんなことにも気付けずに不安がっているこいつに、どうやってこの愛を証明してやろうか。それだけ思考を残して、他は全部投げ出した。



          
        し

          
               

              
   
                    
            

(2011/04/20)(title by 不在証明)