先端からゆらゆらと煙が上がり、煙草を挟んだ指が少し震えた。それらを少し眺めてから、恐る恐る口元へ運んでいく。どうしたらいいのかわからないので、とりあえず吸いこんでみると、煙が喉のあたりに入ったところでむせ返るような何かがこみ上げてきた。我慢し切れず咳と一緒に煙を吐き出すと、わたしの口から漏れたそれはあたりに有害物質をばらまきながら昇っていく。不味い。しかも苦い。こんなものの何処がいいんだろう。口元から煙草を離してげほげほと咳き込んだ後、未だに煙立っているそれをじいっと眉を寄せて見つめてから、もう一度同じように口元へ持っていった。すると、それは唇に触れる直前で、誰かの手によってするりとわたしの指の間を抜けて、奪われてしまった。 「あっ」 「ガキが吸うもんじゃねえよ」 少し機嫌のよろしくない低い声が聞こえて、振りかえると静雄さんが眉間に皺を寄せて、わたしと手に持っている煙草を見比べながら息を吐いた。唇には煙草が挟まれていて、息を吐くと白い煙も一緒に吐き出されている。静雄さんはわたしから奪ったものを、ベンチの横にある灰皿に潰して捨てると、わたしの隣にどかっと座った。すると、まだ何も言えないままでいるわたしの手から、まだ煙草がたくさん詰め込まれている箱を奪い取り、空っぽになったその手の中を埋めるようにお金を置いた。……律儀だなぁ。 「子供はそれでジュースでも買ってろ」 「……子供扱いはいただけません」 「未成年だろうが」 「そうですけど、…でも、やっぱりわたしの買ったものですから」 お返ししますと手のひらに乗っかったお金を付き返そうとすると、ぎろりと静雄さんがこちらを睨んだ。鋭い眼光は一瞬でもわたしを固まらせるのには十分で、そのまま押し付けようとしてた手をそろそろとひっこめると静雄さんは溜息を吐きながら、今わたしから奪い取った煙草に火を付けた。作業が様になっていて、かっこいい。わたしがやってもぎこちなくて恰好悪いだけだったのになあ。 「とにかく、ガキがこんなもんに手ぇ出すな。わかったか?」 「………」 「返事は?」 「…はぁい」 よくできましたと言わんばかりな表情で、静雄さんはわたしの頭を撫でる。なんだかそれが不本意で、やっぱり子供だとしか思われていないような気がして少し不満だ。けどやっぱり、煙草特有の苦みや匂いが苦手なわたしはまだまだ子供だ。それでも年上好きのこの人の理想に、歳の差はどうしようもないからせめて背格好だけでも近づきたくて。気分が落ち込むのと比例するように顔を俯けてしまうと、わたしの頭を優しく撫でていたはずの静雄さんの手に急に力がこもった。その手は俯かせることを許さないとでも言いたげに、わたしのてっぺんを絞めながら下を向いた頭を強制的に上げさせる。そういえば、この人今少し機嫌悪いんだった、ということを思い出した時にはもう、口の中に苦い何かが、侵入、して、いて、 「ん!?んっんん、っ」 貪られるように唇に触れられて、それなのにがっちり頭を掴んだ手は一向に力を緩むことはなく(これでもきっと手加減はしているのだろう)(じゃないと今頃わたしの頭はぱーんと砕けてる)、頭も痛いわ唇も痛いわついでに苦しいわでわたしは思わず顔をしかめる。煙草を吸ったばかりの唇は、いつもより苦みが増していて不味いのに、相手が静雄さんだと思うとその苦みも愛しくて、自然と身を任せて目を閉じてしまいそうになる。 「煙草のかわり、な」 やっとのことで離してもらってから、静雄さんは少し満足げに囁いた。付け足すように「今はそれで我慢しとけ」とさっきの不機嫌は何処へ行ったのやらやけに上機嫌に柔らかく笑った。ふっと頭から重力と痛みが消えて、ぼうっとしていた脳内が急激に覚醒する。「だだだからって、そ、そ、外では駄目です!!」と睨んでみたけれど、熱くなった頬や目頭に浮かんだ涙やらのせいで全く効果はなさないらしく、静雄さんはそれを綺麗に受け流すと指にはさんである煙草を、先ほどわたしに触れた唇に近付けた。 「……っ静雄さんのバーカ。エロ魔人。へんたい」 この人にはさっぱり敵わないことを知ったわたしは、そっぽを向いて必死に、精一杯思いつくかぎりの悪口を吐きだした。名前を呼ばれてもつーんとした態度で子供っぽい言葉を吐きだし続けると、またさっきみたいに頭を掴まれて、不機嫌な声と慣れてしまった煙草の匂いがわたしに降りかかる。煙草の匂いも味も、正直にいえば苦手なのに、そこに静雄さんが関わってしまえば全部好きになってしまう。それに口付ける姿だって色っぽくて、大人っぽくて、わたしは直視できない。―――背伸びしたくて、早く大人になりたくて。でも何よりわたしは、 「もう一回してやろうか?」 わたしは、彼の唇に触れる煙草になりたかっただけなのだ。
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