マスター、どうしてですか。どうしてそんな顔するんですか。俺のことを嫌悪するような恐怖するような、そんな顔、俺、嫌いじゃないけど見ているのは嫌です。マスターはどんな表情をしていても可愛くて愛おしく感じるけれど、俺はマスターの笑った顔が一番好きなんです。悲しんだような怒ったような怖がるようなそんな顔、マスターには似合いません。笑ってください。マスターの顔ならどんな顔でも好きだと思いたいけれど、やっぱりそれは嫌です。ねえマスター、笑ってください。これからも俺と一緒に過ごせるんですよ。笑ってください。二人で、一緒に幸せに暮らすんです。だから、だからだからだからだからだから! 「……かい、と」 「なんですか、マスター」 甘い、あまぁいこえが鳴り響く。俺が答えるとマスターの顔はさらに青ざめる。「どうして、なの…?」どうしてって、何がどうしてなんですか。マスターはそのまあるいビー玉みたいな瞳からぽろぽろと真珠のような涙を落としてもう一度、「どうして」と聞いた。俺にはマスターの言う意味がわからず、首を傾げる。マスターは俺を、…見ないで、俺越しの何かを見つめている。何か、なんて振り向かないでもわかってる。 「マスター、俺のこと、見てください」 「…や、」 「見て、くれますよね?」 マスターの方へ一歩踏み出すと、マスターは一歩反射的に一歩下がる。どうして俺から離れようとするんですか。どうして俺以外のものを見ているんですか。あれは、あれらはもう意志なんて持たないんですよ。動かないんです。大きくて邪魔なゴミでしかないんです。ああ、そうだ。明日業者の人に来てもらって粗大ゴミとして処分してもらおう。さっさと処分すれば、マスターも悲しくないでしょう?一緒に過ごした家族のあんな姿、あんまり長く見ていたくはないですからね、俺だって少しは心苦しいんですよ。でも大丈夫。だってマスターには俺がいるじゃないですか、マスターの家族は他にはもういないけれど俺がまだ残ってる、たったひとりの家族として。だから大丈夫です、マスター。一歩進むと同じように下がる。進む、下がる。それは永遠には続かない。マスターの小さな背中がこつんと、壁に当たる。その感触に気づいたマスターは焦ったように逃げ道を目で追うけれど、俺がマスターの横に手を置くと硬直してそのまま俺を、俺の腕を見つめる。 「マスター」 「…さわら、ないで」 「嫌です」 マスターは拒否の言葉を出していたけれど、俺がその眼から溢れんばかりの涙をぬぐう手を退けようとはしない。その態度に安心して、手をそのまま横に滑らせる。滑らせた先はマスターの綺麗な髪の毛。汗で少し濡れているその髪は、若干俺の指に引っかかるけれど、それさえも愛おしくきれい。マスターが何も喋らないので、俺はしばらくその髪の毛で遊んでいる。これからはこの綺麗な髪もまんまるな目も細い指もすらりとした足も今も休むことなく動き続ける心臓も全て、一人占めできる。そう思うと自然と笑みがこぼれた。それに気づいたマスターが、腕を伸ばして俺を押し返した。 「マスター?」 「…っ」 マスターは俺を引き離した腕を自分の周りに巻きつけて、抱き締めながら滑り落ちる。俺以外の名前を呟きながら。どうしてどうして、どうして殺したのと。殺した?「死んでませんよ、あれらは。…生きてないですからね」俺も同様だけど。だって血も出ないでしょう、俺たちは。皮膚の下にはコードやら機械やらがたくさん詰め込まれていて、生暖かい心臓も脳も血も持ち合わせていないんだから。けれど、あのアイスピックで刺した時の感覚は忘れない。中身は確かに硬かったけれど、柔らかかった皮膚の感触。誰かを刺してもなお、汚れることのないピカピカのアイスピック。静かに目を閉じて行く家族の、何か言いたげな顔。…今思い出しても気持ち悪い、後味が悪い。もう二度と味わいたくなかった。だから、「。貴方のボーカロイドは俺一人で十分です。だから、これからまた何か、他のものを買おうだなんて思わないでくださいね」俺はもうあんな感触を味わうのはごめんだ。 地面にしゃがみこんだを抱き締める。大丈夫、拒否なんかされない、するわけがない、だって俺だけのだから。俺だけのマスター、だけの俺。一緒に暮らした家族、同じボーカロイドなんかよりもずっとずっとの方が大切です。と一緒に幸せに暮らすことが俺の幸せです。他の誰かになんて渡せません、他のボーカロイドなんかにの紡ぐ歌を歌わせたりしません、は俺のものです。これからはずっと俺だけを見てください。貴方だけのボーカロイドでいたいから、どうか。 アンインストール [2010/12/17][music by アイスピックP] |