「へんなの」

イヴァンさんは不思議そうな顔をしながら、自分の手元にあるかき氷を見つめた。何か変なことしたかなー。私はそう思いながら、赤く色づいたかき氷を口に放り込む。頭の奥にキーンと、鈍い痛みが響いた。思わず顔をしかめて、人差し指でぐりぐりこめかみを押さえると、イヴァンさんは今度は笑いながら「変なの」と言った。顔のことですかそうですか…。イヴァンさんは私が落ち込んでいることを知っているくせにあえて知らん振りして、にこにこ笑ってる。

「…イヴァンさんも、早く食べないと溶けちゃいますよ」
「氷食べる意味がわからないよ」
「暑いと冷たいもの食べたくなるじゃないですか」
「アイスで十分じゃないか」
「それもいいですけど、やっぱり夏と言ったらかき氷です!」

イヴァンさんのうちでは、あんなに氷があるのにそれを食べるという習慣はないらしい。なんでわざわざお金払ってまで氷を食べたがるのかわからない、だそうだ。ほんのたまに、かき氷屋さんはあるらしいけど。けれど此処は日本、しかも今は夏なのだ。じりじりと照りつける太陽の熱に、肌を焼かれる感覚。クーラーをつけたいところを「今年は節約します!」と菊さんが宣言してから、私はだらだら汗を流しっぱなしでこのままじゃ溶けてしまいそうだ!それに普段寒いところで生活しているイヴァンさんにとっては、日本の夏は酷だろう(っていうかなんでわざわざ夏に遊びに来たんだ。どうせならほどよく暖かい春とかにすればよかったのに)(って、そういえば春にもこの人来てたな…)。「これぞ日本の夏の風物詩です!」と力説してもイヴァンさんは「ふうん」とつまらなそうに呟くだけだった。

「いいですよもう…私が食べちゃいますから」
「誰もいらないとは言ってないよ」

まったく、ああいえばこういう。私は渋々手に掛けたイヴァンさんのかき氷から手を離す。こんな冷たいもの二つも食べたら、お腹壊しますよ。今は買い物に行って留守のはずの菊の声が脳内で響いた。菊は私の脳内でも口うるさい。打ち消すように、もう一度口に赤い氷の粒を放り込むとまたも頭にキーンと鈍い痛みが響いた。それに悶えてるのを見たイヴァンさんは「は見てて飽きないね」とにこにこ笑い続けている。それは嫌味で言ってるのか、純粋にそう思ったのか。うん、どっちもありえるよね。どっちにしても

「何だか、馬鹿にされてる気がします」
「やだな、気のせいじゃないよ」
「(ちくしょう)」

イヴァンさんはスプーンで黄色い山を削り、それを口へと運ぶ。「すっぱい」そりゃそうだ、レモン味なんだもの。けれどなんだかんだ言いながら、そのすっぱいかき氷が美味しいと思い始めたらしく、イヴァンさんは二口目、三口目と氷を運んでいく。少し溶けかけたかき氷のカップの底には、黄色い池ができ始めている。「もう、早く食べないから溶け始めちゃってますよ」「あ、ほんとだ」イヴァンさんは特に気にする必要もなくマイペースに食べ続けてる。

「あ、。見てみて」
「んー」
「舌黄色くなってる?」
「んっふふ、なってますよ」

子供のころに友達と見せっこしたみたいに、互いに舌をべーっと出して色を確かめ合う。まあ、私のはイチゴだから、色の変化はわかりづらいんだけどね。一口、氷の冷たさが気持ちよく私の舌の上を転がる。ふと、私の体をそれよりも大きな影が包んだ。その大きな影を見上げると、イヴァンさんはいつもどおりにこにこと屈託のない笑みを浮かべていた。

「ねえ僕、イチゴ味も食べたいなぁ」
「二個も食べたらお腹壊しますよ?」
「じゃあの一口ちょうだい」
「えー……まあいいです。どうぞ」

器をイヴァンさんの前に移動させて、差し出してみるも、イヴァンさんはそれに手をつけようとはしない。まさかあーんしてくれなんて言いませんよね、言うキャラでもないし。食べないんですか、そう聞こうした瞬間、それは音となるまえにイヴァンさんに素早く呑み込まれてしまった。「…っんぅ」だらしなく開いた口にイヴァンさんの舌が潜り込んできて、私の舌を追いかけまわす。逃げようと体を動かそうとしても、いつのまにかイヴァンさんの腕で押さえつけられて動くことすら叶わない。いつのまにかしっかり顔も固定されているし、完全に逃げ場を失ってしまった。時々できる隙間から必死に空気を吸おうとしてみるものの、そのたびに妙な声が出てしまう。必死にもがいているのに、強い力で抑えられ、それもまた無駄な努力だった。やっと唇を離してもらえたとき、私は酸欠かというくらい息を切らしていた。

「ふふ、イチゴも美味しいね」

口と口を結ぶ糸が垂れ落ちていて、それがキスをしたという事実を知らしめていた。なのにイヴァンさんは何事もなかったかのように笑って、私を固定していた手を離すと、私のことなんか気にせず続けてレモン味のかき氷をく食べようとしている。私は唖然として何も言い返せず、触れたばかりの唇を押さえた。溶けかけの赤いかき氷が目に入ると、先ほどの出来事を思い出して手が出せない。

「あれ、?イチゴみたいに真っ赤だよ、大丈夫?」

絶対わざとですよね、それ。







  紅 



   雪 粧



(あ、ねえ!今、僕の舌ってオレンジ色かなぁ?)(し、知りません!)

[2010/08/31]