四千年という月日はとても長く、長く、私が将来経験できるはずのない途方もないものだった。どれだけの人がその中を生きて、死んでいったのだろう。どれだけの死を経験してきたのだろう。自分を取り巻く周囲が次々と生まれ死んでいくのを、彼は老いることも変わっていくこともできないまま、どれだけ眺めてきたのだろう。今目の前で眠ったままの中国さんの頬に触れると、それは柔らかく暖かく、私となんら変わりない。四千年を詰め込むには小さすぎるその体は、とても自分と違うものには見えなかった。

「わたしも、」

私も国だったなら、よかったのに。

そうだったら、少しくらいは彼の悲しみや苦しみを共有することもできたのに。思わず漏れてしまった声は消えてしまいそうなほど小さかった。長い長い四千年の中では、私が存在できる数十年なんてほんの一瞬にしかすぎない。それだけ長い時間の中で、私がたった一瞬の存在でしかないことに胸が痛み、同時に中国さんと同じ、国という存在である者に嫉妬した。

「浮かねえ顔してると思ったら、そんなこと考えていたあるか」

今の気持ちを見透かしたかのように、 中国さんの声が室内に響いた。驚いて、眠ったままだったはずの中国さんを見下ろすと、漆黒の瞳がしっかりとこちらを捉えていた。

「い、いつから…」
が部屋に入ってきた時からある」
「最初からじゃないですか…っ」
「そうとも言うある」

中国さんはひょうひょうとした調子で答えて、私の腕を手に取るとそのまま引っ張る。力の流れにまかされて、私は寝ころんだままの中国さんの体に無理矢理倒された。瞳に映されるのは中国さんの赤で、鼻の奥は中国さんの匂いでいっぱいだった。頭の中もこの人でいっぱいなのに、これ以上私を洗脳してどうするんだ、と思ってしまう。けれどそれでいいとも思える自分もいる。

「我は、これでよかったと思ってるね」
「……わたしは、中国さんと一緒がいいです。一緒にいたいです」
「それは我も同じある。だけど、例えおめーが国だったとしても、ずっとは無理あるよ」

国だからこそ、無理あるよ。だから我はこれでいいある。中国さんはそういうけれど、私の一分一秒でも長く隣にいたいという気持ちは変わらない。服に落ちた水は、元の色を濁ったそれに変えていく。無意識に指先に力が込められて、その赤色を握っていた。こんなにしがみついているのに、いつか手離してしまうのが怖い。そして何より、手離してしまった後に忘れられるのが一番怖い。多くの死を見てきた中国さんだからこそ、私がいなくなっても簡単に忘れてしまうかもしれない。

「泣くなある」
「……だ、って」
「…我は、おめーに泣かれるとどうしたらいいかわかんねーあるよ」
「うー……」
「いくつになっても泣き癖が抜けねえから、我も目が離せねえあるな」

中国さんの手が優しく後頭部を滑る。傍にいたい。離さないで。これ以上辛くなる前に突き放して。そんな妙な矛盾が頭の中で巡り廻る。愛なんて、重たい荷物のような感情だった。だけど、私はどうもそれを手離せそうにない。

、我愛尓」
「…!」
「不安になるなら、ならなくなるまで何度でも言ってやるね」

厄介なことに、愛情と一緒に増え続けるばかりだ。



      左      右

              に    に


                   終  永

                               焉遠


[2010/07/10][title by alkalism]