手の平に乗る赤く腫れた指を見ながら、我はそっと溜息をついた。は俯きながら落ち込んだ様子で、自分の指に氷が当てられているのをじっと見つめていた。最近我の仕事が多かったものだから、少しでも負担を減らそうと飯を作ろうとしたらしい。台所にはまだひっくり返った鍋と具がかぶさって読めなくなった料理本が放置したままだ。料理本を読みながらやっていたら、見事に鍋をひっくり返し、どうしようどうしようと慌てふためきながら台所をうろうろするの姿が目に浮かぶ。

「……ごめんなさい」
「作るなとは言わねえあるから、もう少し気をつけて欲しいね。いきなり無茶なことはしないで、まず我に相談するよろし」

は俯いたまま小さな背中をさらに縮めているので、「でも嬉しかったある。謝謝」そう告げてやると、は顔をあげて嬉しそうにはにかんだ。我はそこから目を逸らして、手の平にある指を見つめた。火傷以外にも包丁で傷つき、絆創膏だらけになった指は痛々しくも愛しい。この傷が我のためにできたものだと思うと、胸の奥にちりっと痛みが走った。その愛しい傷を指でなぞるとぴくっと僅かに震え、は我の手の平をゆるく握ると我を見上げた。

「哥哥もあんまり無理しないでね」
「無理なんかしてねーあるから、大丈夫ね」
「……」
「まあ、努力はするある」
「…私、哥哥のこと大好きなんだよ。だから心配になることくらい、哥哥ならわかるでしょ?」

は我の返事に不満だったらしく、眉をひそめた。「わかったあるよ」の頭を撫でながら宥めると、は絶対だよと何度も念を押すように言った。そうやって我を見上げる姿に愛しさを覚えたのはいつからだったか。今でも変わらず、我を哥哥と慕う姿に不満を覚えるようになったのはいつからだったか。好きだという言葉が、兄としてじゃなくて男として向けられたものならよかったのに。頭に乗せた手でを引き寄せると、はなんの抵抗もなくに倒れこんだ。

「哥哥?」

指の間をすり抜ける髪の毛が心地よかった。我の手の中で疼いている傷だらけの指が愛しかった。哥哥と無邪気に我を呼ぶ声に胸を高鳴らせた。「どうしたの、哥哥」が不思議そうな声で、聞いてくる。離れようとするの手を拒んで、むしろ抱きしめる腕を強めた。「なんでもねえあるよ」嘘でもあり本当である我の言葉を、は履き違えた意味で答えるのだ。

「我もが大好きあるよ」



[2010/06/13]