道の端でぴょんぴょんと飛び跳ね続ける小さな陰に見覚えがあった。ジッと目を細めてその姿を見ると、案の定それは知った顔で、日本に遊びに来ていて現在一人散歩中のプロイセンは首をかしげた。何やってんだ、アイツ。すぐ近くで見ているプロイセンにも気付かず、そいつは手をいっぱいいっぱいに伸ばして、兎のようにジャンプをし続けていた。

、お前何してんだ?」
「あ、プーさん!こんにちは、お久しぶりです。観光中ですか?」
「観光っていうか、散歩中な。それとプーさんっていうな、プーさんて」

は以前、日本の家で居候をしていて、今は立派に独り立ちをしている日本の妹分だった。一時期プロイセンが日本の家に仕事をしに来ていたときに妙に懐かれて、どこにいくにもついてくる犬みたいなやつだった。昔よりもだいぶ成長しただったが(主に背とか顔だちとか胸とか胸とか)、某眉毛んちの黄色い熊を思い出してならない呼び方だけは何度注意したって変わらない。曰く「こっちのほうが可愛いじゃないですか」だそうだが、プロイセンはどうにもそれを受け入れられない。は呼び方関連の話はことごとくスルーして、片方の手を高々と上げ、一点を指さした。

「木に帽子がひっかかってしまったんです」
「あ?んなことか」

木にまぎれたその帽子は、それほど高くない位置にぶら下がっていた。成長したとはいえ、やっぱりチビはチビか。これで成人女性とほぼ同じというんだから驚きだ。そういや日本もあの背丈で成人男性なんだっけ。未だに信じられん。プロイセンはそれに手を伸ばすと、易々と木から切り離して見せる。

「流石プーさんです!ありがとうございました」

があまりに嬉しそうに、当然のようにその帽子を受け取ろうとするものだから、ついプロイセンの中に軽い加虐心が生まれた。帽子がの手に触れる直前に、ひょいっとが届かないところまで腕を上げた。は当然返してもらえると思っていたらしく、今起こったことにきょとんと眼を丸くするばかりだ。プロイセンはにやりと意地の悪い笑みを浮かべて、指に帽子をひっかけ器用にくるくる回し始めた。

「俺様が拾ったから、これは俺様のものだろ」
「ち、ちがいますー!私の帽子です!返してください!」
「やなこった」
「そんな女物の帽子なんてどうするんですか!?使い道ないでしょうっ」
「俺様小鳥のようにかっこいいから、女物でもバッチリ似合うぜ」
「似合わないから返してください!」

帽子を取り戻そうと、手を必死に伸ばすけれどプロイセンはそれを簡単にかわしてしまう。さらにわざと取れそうな位置まで下げて、がジャンプしたところでまた届かない位置までもっていったりして、それも中々面白い。むきになって帽子を追いかけまわす、その子供っぽい姿を見るとついついまたからかいたくなって、振り回してしまう。無駄に動きまわされて、息の上がったが睨むようにプロイセンを見上げるけれど、全く迫力というものを感じられない。プロイセンがプップクプーなんてわざと挑発するような笑い声を上げるのを見ると、は「もういいです」と拗ねたように視線を逸らした。

「これから、俺様のことをちゃんと名前で呼ぶなら、返してやってもいいぜ」

プロイセンの言葉には不満そうに眉を寄せる。そんなに名前を呼ぶのは嫌か。「そんなに、プーさんは嫌ですか」嫌だ。嫌に決まってる。何が楽しくてそんな間抜けなあだ名をつけられなくちゃならない。アメリカさん、イギリスさん、イタリアさん、ドイツさん、果てはあのオーストリアまでも、オーストラリアと間違えられることもなく、しっかりとフルネームさん付け。自分だけやけに間抜けで、犬みたいに懐いてたくせに、何やら懐くというよりも馬鹿にされている気分だった。本人はそのつもりはないだろうけれど。は視線を宙にさまよわせると、観念したかのようにそっと溜息を吐いた。

「…プ」
「……」
「…プロセイン、さん」
「………は?」

誰だそれ。

「ちげーよばか!プロイセンだ!」
「…じゃあプロテインさん」
「それはサプリの名前だ!」
「プロテクターさん」
「遠くなったっつの!」
「ヘリコプターさん」
「もうわざとだろ、それ!」

は意地になったように、その後もプロセイロンさんやらプロモーションさんやら言って、意地でも本当の名前を呟かない。プーさんは嫌だと言ったものの、それ以外でも勿論妙な呼び方は嫌だ。こんな呼び方されてることを知られたら、フランスやスペインあたりに馬鹿にされるに決まってる。「お前、なんで素直に呼べねえんだよ」プロイセンの質問には口をつぐんで答えようとはしない。あー畜生。この頑固者が。いつも似たようなやりとりやって、自分が折れるのだ。今回もまた、しかり。

「ギルベルト」
「え、は?」
「プロイセンがだめなら、ギルベルトだ」
「えっと、…プーさんの名前ですか?」
「だから、プーさんって言うな。ギルかギルベルトにしろ」
「…ギルベルトさん?」
「よし」

こっちの名前教えること滅多にないんだからな。そう言って、頭に帽子を乗せてやる。はそのツバを手に取り深くかぶって、表情をプロイセンから見えないようにした。プロイセンはその縮こまった頭にぽんと手の平を乗せると、「な、暇だったら一緒に散歩しねえ?」と誘いかける。その言葉に反応しては顔を上げて、ぶんぶんと大きく頷いた。んな勢いよく振らなくても、わかるっつの。苦笑いして、手を無理矢理引っ張って歩き出すと、自分より少し後ろで自分よりも小さな歩幅で一生懸命ついてきてるのがわかる。

「ギルベルトさん、」
「…ん」
「帽子、とってくださってありがとうございました」

ちらりと見えたの顔は少しだけ高揚していて、たぶん、きっと自分も同じくらいに赤いだろうと思った。



なまえのじゅもん

(慣れない名前で呼ぶことが、こんなに恥ずかしいなんて)
(慣れない名前で呼ばれることが、こんなにこそばゆいなんて)


[2010/06/06][title by alkalism]