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あまりの苦さに顔を一瞬歪めた。煙たいその香りをいっぱいに吸い込んで自分のものにし、舌先のその味を逃がさないように噛みしめた。シズちゃんはいつもこんな味の煙草を吸ってるのかな、なんて考えながら、黒くて透明な壁の向こうの瞳を見つめる。近すぎる距離で、焦点が合わず、ぼーっとする。けれど唇に触れた感触を覚えていようと必死に脳は動いていた。

離れてしまった唇を名残惜しむように見つめながら、荒く呼吸をする。けれどそんな一瞬も許してくれないようで、すぐさま体はシズちゃんに吸い込まれ、きつくきつく縛られた。あー、シズちゃん。加減、忘れちゃってる。肩がみしみしと悲鳴を上げる。私は壊されたっていいけれど、シズちゃんが傷ついてしまうから、私は辛うじて自由な右手で彼の肩をとんとんと叩いて痛みの意を示した。

「あ、……悪い」

シズちゃんは謝ると同時に、力を緩めるのでなく折角密着していた体を引き剥がしてしまった。何も離れることはなかったのに。不満が顔に出ていたようで、シズちゃんは申し訳なさそうに「んな怒んなよ」と指にはさんだままだった煙草を唇へと運んだ。

「シズちゃんのバカ!やり逃げなんて酷いよ!」
「誤解されるような言い回しすんな!」

だって、シズちゃんのほうから触れてくれるなんて初めてのことで、私はあの一瞬だけでも天国へと昇れてしまうくらい幸せだったのに、あんな拒絶する形で離れて行ってしまうなんて酷い。シズちゃんは臆病で理不尽で、でも優しくて。傷つけたくないから触れないなんて事も知ってるよ、わかってるよ。でも、何度だって言うけど、

「私は、シズちゃんになら壊されたって、傷つけられたって、いいのにっ」

絶対に怒らないし責めないし、シズちゃんを嫌いになったり拒絶したりしないよ。酷いかもしれないけれど、そのせいでシズちゃんが傷ついて、私のことだけを考えてくれるなら、喜んだっていいくらい。いつのまにかぽろぽろ流れ始めた涙を、止められることもなく、私は袖口で乱暴に拭きながら吐き出す。シズちゃんは今、どんな顔をしているのだろう。ずっと睨むように見上げているけれど、涙で潤んだ視界は、正常な情報を与えてくれない。

不意に、鼻に苦い心地よい何かが掠め、ぼやけたままだった視界は黒に覆われた。見慣れた金色も、えらく近い場所に存在する。周りを見てみると、シズちゃんの腕が私を包むように巻き付いていた。近い場所から感じられる香りは、シズちゃんの吸っている煙草のもの。この苦い香りはあまり好きではなかった。けれど、シズちゃんが煙草を吸っている姿が好きで、いつのまにかこの香りも好きになっていたんだ。

「ごめんな」

謝るくらいなら、ちゃんと抱きしめてよ。こんな風に割れ物を扱うみたいじゃなくて。こんな風に包むだけじゃなくて。しっかり私に触れてよ。そう伝えたかったのに、目の前にいるシズちゃんの顔を見た途端そんな言葉は喉の奥へと消えてしまった。その代わり、優しくて臆病な彼に愛しさを覚えて、私はその首周りに腕を巻きつける。弱弱しく優しいものじゃなくて、さっきシズちゃんがやってくれたように強く。

「あのね、シズちゃん」

私にもう一度、煙草の味、おしえて。



白煙で呼吸
(一つ吸いこむたび、君と言う煙が、どんどん私を浸食する)


[2010/05/23]