プロイセンの頬を両手で包みこみ、そのままつまむような形で柔らかいそれに触れ、それを左右に引っ張った。プロイセンは「いてええええ」と声を上げると共に抵抗するように暴れ始めた。私の手首を掴むと、頬から無理矢理その手を引きはがして、何するんだと私に向かって怒鳴った。

「信じられない」
「俺にしちゃ、お前のほうが信じられねーよ。いきなりするか、こんなこと」
「あんたが変な冗談言うからいけないんじゃない」
「冗談じゃねーよ」

いくら冗談じゃないと真剣な顔で言われたって、私は信じられない、信じることができない。私は茫然と、ひりひりと痛む頬をむすっとした表情でさするプロイセンを見つめる。相当痛かったのか、ルビーみたいな紅い瞳には涙が浮かんでいた。そんな姿がプロイセンらしくない。

「変な嘘つかないでよね、今日はエイプリルフールじゃないんだから」
「だから、冗談じゃなくって…!」
「いやよ」
「……あのな」
「信じたくない」

震える腕を首元にまわして、肩口に頭を埋める。熱い体温が伝わる、小さな呼吸音が響く、「」と私を呼ぶ声も重く、こんなにも確かに存在を感じられるのに。

「美味しいヴルスト専門店があるから、一緒に食べようって言った」
「あー、ヴェストが知ってるから、悪いけどそっちに聞いてくれ」
「冬に、一緒に年越ししようねって、約束した」
「破ることになるな、悪い」
「あとマフラー、あげようと思って作ってたのに」
「え、マジで?」
「マジ。いびつだし、ほつれて何回もやり直してるけど、冬までには仕上がる予定だったんだよ」
「やべ」

嬉しい、かも。感情を表現するには素直すぎる言い草がプロイセンらしくない。「いくらでも作ってやるわよ、それくらい。だから、変な冗談言わないで」肩口に顔を押し付けて言い続ける。プロイセンは私の体をひきはがすと、今にも泣き出しそうな表情で「それは無理だ」とはっきり断言した。近くにあるプロイセンの顔が歪んでいく。それと同時に、私の腕の中のプロイセンという存在が少しずつ曖昧になり始めていた。

「いや、…消えないでよ、プロイセン…!」
「悪いな、時間切れみたいだ」
「やだ、やだよ、ばか!」

目の前の軍服の青が少しずつ薄れていく。透明になって、背中に回してある私の手がはっきりと見え始める。体温も呼吸音も確実に遠退いて行くのが手にとって分かった。こんなに近くにいるのに、どんどんと離れていくようになくなっていく。私が必死に抱きしめていても、それは無駄な足掻きにしかならない。プロイセンは、ごつごつとした太い指で私の頭を包む。けれど、その感触も不確かで今にも消えてしまいそう。いや、消えてしまうのだ。

、顔、あげろよ」

掠れた声が耳元で囁く。ゆっくりと顔を上げると、綺麗なルビーと視線がぶつかった。プロイセンは何時もの憎たらしい笑みを浮かべると、「ひっでぇ顔」と私の目元を指でたどる。誰のせいよ。悔しいからもう一回頬を引っ張ってやろうかと思ったけれど、やめた。それよりも私は、こいつを離さないよう抱きしめていたいから。プロイセンは、泣いているんだか笑っているんだか、よくわからない表情で、何時もより低い声で物わかりのいい大人みたいな言葉を吐き出す。

お前さ、そういう顔、似合わねえんだから、

「笑え」



                

                     
                   
                       



[2010/05/02][title by 星が水没]