簡素だった庭に、いつのまにか桃色の綺麗な牡丹が咲くようになっていた。手入れはがしているらしく、牡丹の周りには余計な葉や雑草は生えていなかった。随分と愛着をもったらしいはその花を手に取り、うっとりとそれを見つめている。「綺麗に咲いたあるな」は照れくさそうに笑った。耀から見ると、そうやって花を見つめるのほうがよほど綺麗だった。


「他に花は植えないあるか?」
「考えてないです。…でも、たぶん、入れないと思います」
「なんであるか?は花、好きあるのに」


牡丹が、花の王様だからです。


少しだけ恥ずかしそうに、は目を伏せた。話している間もずっと、視線は耀ではなく牡丹のほう。の手の平に乗ったままの牡丹が少しだけ妬ましく思い、ついその花をの手から奪ってしまう。耀の手の平で咲く牡丹は、近くで見るとより美しかった。


「…意味わかんねーある。もっとわかりやすく言うよろし」


花で埋もれている両手を離して、視線を無理矢理こちらへ向けさせて固定する。牡丹と同じ色に染まった頬が、恥ずかしげに潤んだ黒い瞳がいっぱいにうつった。そんな顔されたら、我のほうが緊張しちまうあるよ。緊張してないときなんかあるわけないが。


「…くだらないことです。すごく、くだらないです」
「くだらねーかどうかは聞いてから我が決めるある。だから、早く言うよろし」
「………」
「……」


は目を泳がせてしばらく黙りこんでいたが、じっと見つめていると流石に観念したらしく小声で言葉を発した。「耀さんの、代わりです」王さまだから、耀さんの名前と同じだなと、もょもにょ。徐々に語尾が小さくなっていき、後半は聞き取れなかったけれど、それで十分だった。けれど言いたがらなかったわけも、なんとなく理解した。かああと耀の頬にも熱が集まり始めて、耀はぱっと頬に触れていた手を離す。は羞恥に耐えきれず下を向いてしまう。嬉しい半面、恥ずかしい。花に自分を重ねられていた、だなんて。


「ば、ばかある!代わりなんか用意しなくても、逢いたくなったら逢いにくればいいあるのに!」
「でもいろいろ忙しいでしょうし」
のためならそのくらいの暇、いつでも作るある!」


下に向けたままの頭を胸に押しこむと、抵抗もなくはあっさりそこにぽすんと入ってしまう。ふわりと、甘い牡丹の香りが漂った。顔を覗き込むと、は茫然とこちらを見上げる。熱い頬も、潤んだ瞳もそのままにして。花王というのは我よりもむしろ、これだけの香りを染み込ませたおめーのほうあるよ。ついついその香りに誘われて、の唇を塞いだ。くっついたそれらが離れると、すぐ近くにのなんともいえない、驚いたような恥ずかしがっているような泣きそうな顔がうつった。花の匂いに当てられたのか、頭がくらくらする。


「でも我は花じゃなくて、獣の王ね。おめーみたいな弱っちいの、ぱっくり食っちまうライオンあるよ」







箱庭でる秘密




[2010/01/16]