外界と私を遮る白いフィルターは少し邪魔な気がした。周りが見えないこともないのだけれど、濁っていて見づらいことは確かだ。私はそのフィルターに手をかけて、それを外そうと手をかけた。すると外から突然ノックが聞こえて「入っていいか」と聞き覚えのある声がして、私は急いでフィルターを外して、入って!と声をかけた。ドアの向こうから柔らかそうな金髪が揺らいで、緑色の瞳が私を捉える。何も変わらないそれに、私はまんまと引き込まれ、動揺していることがばれないよう、「アーサー、久しぶりね」と笑った。


「そうだな」


アーサーはドアを閉めるとゆっくりと私に歩を進める。椅子に座ったままの私を見下ろすと、少しだけ頬を赤くして眼をそらした。照れるとしてしまうそういう癖、全然変わらないのね。私が「どう?綺麗でしょ」とからかうとアーサーは「に、似合ってないこともない」とお得意の天邪鬼を引き合いに出した。


「馬子にも衣装ってこのことだな」
「なあに、それ」
「日本のことわざだ。みたいなやつでも似合うって意味らしい」
「失礼ね!」


私が制すとアーサーは一息ついてから、冗談だよ、似合ってると言い直した。そりゃあそうよ、この日は誰だって綺麗になるの。私がつんけんした態度でそう反論すると、そういうんじゃねえよばかという声が小さく聞こえたけれど、私はわざと聞こえないふりをした。私の身にまとわりつく白がきらきらして眩しく、それがちらちら目につくたびに感極まって涙が出そうになる。まだ泣くのには早いだろ、せっかくのお化粧がもったいない。アーサーは優しい声で、私の目にたまるそれに指をかけ、落ちる前にぬぐいさる。私はその手とアーサーの襟を掴んで、それを強引に引き寄せて唇に触れようとした。けれど触れる直前で、アーサーがやんわりと私を押し返したことでそれは叶わなかった。


「…あいしてるわ、イギリス」


至近距離で見つめながら私が言うと、アーサーは気まずそうに目線をそらした。「口紅、ついちまうだろ。ばか」そうは言ってもキスしようとしたことは咎めないのね。それから、ティッシュを2,3枚取り出すとそれを私に押しつけて、「もう時間だから行くな」と私の頭のベールをかぶせる。白いフィルターで隠されたアーサーの表情はよく見えなかった。あんまり泣くなよ。そう言い残すとアーサーは私に背を向け歩きだしてしまう。引き留めようと声と体が動いた。けれど一体何を言えば、何をすればいいのかわからず、私の体は立ち上がっただけでぴくりとも動かなくなってしまった。代わりにと言わんばかりにアーサーの体がこちらに振り返った。アーサーの表情を、何一つ見逃したくないのにフィルターが邪魔をする。


「結婚おめでとう。


アーサーの声は穏やかで、止まりかけていた涙はむしろ溢れ返る。手の平に乗るティッシュで顔を覆った。私は今でも時々、貴方と一緒にいられたら、貴方が人間だったら、私が国だったらなんて、叶うはずのないことを考えてしまう。けれど私が選んだのはあの人で、アーサーじゃない。あの人のことはもちろん愛してるし、だけどそれ以上に貴方のことを好きでいたい。だけど、私が辿り着いたのは貴方と離れた場所だったから、私は愛しいと思うその姿も声も温もりも想い出も、すべてここに置いていくことにするわ。














   い


フィルターで隠してしまうの




[2009/09/01]