「昔の夢を見たあるよ」


中国さんはアルバムをめくりながらそんなことを言った。いきなりアルバムを出せとかいうから、何かと思ったらそういうことか。私は中国さんの隣に座り、その中身をのぞきこむ。アルバムに載ってる写真は、私が中国さんの家に遊びに行ったときのものや、逆に中国さんがうちを訪ねたときのものばかり張られている。といっても、大抵撮るのは中国さんか日本さんだから、映っているのは私や韓国さんが多いんだけど。


「どんな夢だったんですか?」
がまだ、寂しがりでわがままで、とても小さかった頃の夢あるよ」
「わ、わがままなんかじゃなかったもん」
「我が家に帰ろうとすると泣きついて困らせてたのは誰あるか」
「……」


確かに、そんな時期もあった気がする。今ではそれほど大きくはないと思うけれど、小さい頃はとても広く感じたこの場所に一人取り残されるのは、誰だって怖いと思う。特に中国さんたちが遊びに来た日は、帰った後の一人の家が怖くて、寂しくて、いつも中国さんに帰らないでとお願いしていた気がする。中国さんは一瞬驚いた顔をしてから、私に笑いかけて、「は甘えんぼあるなぁ」といつでも私の願いを享受してくれていた(それでも本当に忙しかったりするとあまり長居はしてくれなかったけれど)。小さい私を抱き上げて、頭を撫でてくれた時の手の平の感触すらも忘れてなんかいない。今思えばずいぶんと甘やかされたんだなぁと思う。今も変わっていない気がするけど。


は、我のお嫁さんになりたいって言ったことを覚えているあるか?」


パンダのクッションを下敷きにして寝転がっている中国さんは、私の顔色を窺うように見上げてそう尋ねた。なんですか、それ。と苦笑して返すと、「あーやっぱり忘れてるあるね。覚えているのは我だけあるか」とあからさまに落ち込んだように顔をクッションにうずめた。忘れたなんて私は一言も言ってないんですけどね。それも夢で見たんですかと聞くと、クッションに顔を埋めたまま頷いた。


「例え子供の言葉でも我はとても嬉しかったある。なのに、にとっては簡単に忘れるくらいどうでもいいことだったあるか」
「……覚えてますよ、忘れるわけがないでしょう」


私は床に置かれているアルバムを拾い上げて、中国さんからは見えないように顔を隠した。なんでそんな昔のことを、引っ張り出してきちゃうんだろう。あの時の私の言葉は、真剣だったけれど無邪気な子供そのもので、恥ずかしいから思い出したくはなかった。けれど、だからといって忘れるわけがないのだ、私が中国さんとの思い出を。私の目の前には、あの頃の何も考えていなかった自分とその隣で今よりちょっと若い中国さんが映る。それが目に入ると、その頃のことをいちいち思い出して、今の自分と重ね合わせるとちっとも成長していなくて、顔がかっとなるのがわかった。





名前を呼ばれると同時に、私を隠してくれていたアルバムがひきはがされた。クッションに頭を埋めていた中国さんは肘をつき、顔をあげて、私の顔を見るなり「あいやぁ、お顔が真っ赤あるね」と嬉しそうな表情で言った。それは小さかったころに、私を可愛がってくれていた表情に似ていて、なんだかいまだに子供扱いされているようで少し腹が立つ。「私は、」


「今もお嫁さんになりたいって思ってるんですよ」


あなたに向ける熱情も、思い浮かぶ感情も、あの頃とは全然違うものだけれど、辿り着くところは結局同じで何も変わらず同じ夢を見ている。だけどもう子供の戯れじゃない。私は寝転がったままの中国さんの隣に手を置き、影を落とした。






[2009/08/24]