「わたしね、菊がすっごく好きなんだ」


庭の花壇に咲いている菊の花を見下ろしながら、は言った。生憎、縁側に座っている私には今がどんな表情をしているのかわからないが、それはにとっても同じ。今、彼女が私に背中を見せていてよかったと思う。こんな歳の爺がまだ若い娘の言葉に顔を真っ赤にさせているなんて情けない話ですからね。彼女が言っている「好き」の対象は私ではなく、彼女の目の前にある菊の花であることは明らかだ。それを一瞬でも勘違いした自分が恥ずかしく、それを必死に隠そうとしている女々しさに呆れてしまう。


「菊ちゃんと同じ名前だからだよ」


全くこの子は。なんて可愛いことを言ってくれる。私がそうですかと言いお茶を啜ると、「菊ちゃん、馬鹿にしてるでしょう!?」とは口を膨らませた。馬鹿になんかしてません。ただ呆れただけですよ、自分に。「好き」の対象が花にありながらも自分にもあったことに内心大喜びの自分に。こんなに若い小娘の一言一言に翻弄されまくっている自分に。私は彼女の零す一つ一つの自分の名前に、いちいち反応して動揺してしまっている。どこの少女漫画のヒロインですか、私は。彼女はそんなこと知らずに、無邪気に顔のパーツの全部を使って子供みたいに笑ってみせる。


「私は菊ちゃんがね、だいすきなんだよ」
「ええ、知ってますとも」
「…ただのすきじゃないんだよ、あいしてるんだよ」
「知ってますとも」


は人差し指と親指で挟んでいた私の着物を、今度は小さな両手でしっかりと掴み、そのまま頭を私に預ける。ねえねえ、菊ちゃん。私がいつか顔がしわくちゃのおばあちゃんになっても嫌わないでずうっと傍にいてね。私は菊ちゃんの姿が全然変わらなくても、菊ちゃんのこと大好きでいるからね。そうは先ほどの子供のような顔全部を使って楽しい!と断言するような笑顔とは違う、大人っぽい口元と目元だけ緩ませた優しい笑みを私に見せた。この子はいつのまにこんなに大きくなってしまったのだろう。人間の成長は早いものだ、たった数年で此処まで育ってしまうのだから。嬉しいような、寂しいような。きくちゃん、きくちゃん、と私の後をひよこのように追っかけまわしていたことが随分昔に思える。


「菊ちゃん、菊ちゃん。だあいすきだよ」






しわくちゃのおばあちゃんになるまでずうっと傍にいると言ったのは誰ですか、この大嘘吐きが。 私は彼女にそう言い残し、その白くて若い肌の周りに、が好きだと言った菊の花を添えた。


こんにちは、私の中で、一生変わらず若い姿のままになってしまった、