名前を呼ばれてつい肩が飛び上がってしまった。けれど私は意地でも振り向いてやるもんか、と抱きかかえた膝に巻きついた腕に力を込める。昔と全然変わっていない自分に、同じ態度しか取れない自分が嫌になる。意地を張って逃げ回ったって、どうせこれから同じ家に住むのだから意味はないのに。


「折角帰ってきたのに、挨拶もないのか?」


突然知らされた別れに意地を張って、今と同じように後ろから聞こえる香の言葉に、可愛くない返答ばかりしていたことを思い出す。泣いてばかりの私はそんなところを香に見られたくなくて、見送りにも行かず、「香のばか、もう知らないもん何処へでも行っちゃえ」、そんなことを言いながら膝を抱き抱えていただけだった。遠くに行くのは香の意志じゃないことくらいわかっていたけれど、それを受け入れられないほど私は子供だったのだ。それから今日まで、私は一度も香の顔を見ることはなかった。


懐かしい足音が後ろから聞こえる。それは段々とボリュームを上げていき、私のすぐ隣で止まった。なんで隣に来るのよ。来ないで来ないでとどれだけ念じても、香には伝わらない。「、こっちむいて」香の声変わりしてすっかり低くなってしまった声が間近で聞こえて、私の肩はもう一度震える。やだ、とだだをこねながら私は顔を腕の中に埋めた。


「俺、の顔見たい。プリーズ」
「い、今、湾とプリ撮るとき用の変顔の練習中なの。見せられない」
「変でもなんでもいい」


私の手に、少しだけ大きな手のひらが重なる。私より体温の高いそれは、離さないようにしっかりと、でも私が痛がらないようとでもしているのか、とても優しかった。さっきまで私の中に根を張っていた罪悪感とか、意地とか、そんな気持ちが一気に押しつぶされて、私はゆっくりを視線を上へと上げていく。そうして見えたのは、昔と同じように微笑む香の姿だった。小さい頃の姿と被るけれど、やっぱり大きく、男らしくなっていた。


「目、真っ赤だな。ラビットみたいだ」
「………変な顔?」
「変じゃない。キュート」
「…香、なんか…変わった?」
「あー…アーサーさんちの言葉が移ったかも。変?」
「へん…香じゃないみたい」
「ひどいな」


本当は言葉だけじゃないんだけど。香は苦い笑みを浮かべながら、私の手に重ねた骨ばった男っぽい手を離して、それを私の頭へと持っていく。その手が乗せられて、私はどきどきしながら下を向いた。そのまま頭を引き寄せられて、額に香の赤いチャイナ服の肩口が当てられた。ふわりと香の匂いが漂って、懐かしい。小さい頃、泣き虫だった私に香がよくしてくれた仕草だ。あの頃の気分に浸されながらも、大きな手が、低い声が、もうすっかり成長して私の知る香でないことを思い知らされる。


「香、」


見送ってあげなかったこと、一度も会いに行かなかったこと、ごめん。体を少しだけ離し、顔をあげてそう口に出そうとすると、香のもう片方の手によってそれは塞がれる。香の意図が読めない私は、頭の中に疑問符を浮かべるばかりだ。香は私の口から手をひきはがすと、そっと「、ただいま」と笑った。


「…おかえり、香」




一  で
 歩 ん








ステップ!




[2009/07/08][Happy Birthday!!]