「成長して帰って来たかと思えば、全然変わってねぇあるな」 ドライヤーの音を間に通して耀にーにの呆れたような声が私に届いた。胸も背も大きくなったよ、と言えば鏡越しの耀にーにの顔が真っ赤になって「そういうこと言ってんじゃねえあるよ!」とあたふたしているのが見えた。耀にーにもそういううぶなところは変わってないよね。久し振りに帰ってきた時に昔と変わらず頭を撫でておかえりと言ってくれたこととか、私の髪を触る優しいしぐさとか、私のことをいつまでたっても子供とか妹とか言って、そんな扱いするところとかも全然変わってない。 「自分の髪くらい自分で手入れするよろし」 「えー面倒くさいからいいよ」 「面倒臭いとか言わないで、せめて風呂上がりくらいドライヤーで乾かすようにするよろし。折角綺麗なのにもったいねぇあるよ」 家ではちゃんとやってるよ、と口にしかけたものの結局言葉となって出てくることはなかった。だって今も昔も、耀にーにに髪の毛を乾かしてもらえる時間が大好きなんだもん。その時だけは、耀にーにを独り占めできたから、私はわざと乾かさないで耀にーにの部屋をうろうろしてしまう。けれど昔のようにはいかないなあ。耀にーにの他意のない行動にいちいちドギマギしていて、鏡に映った自分の顔が赤くなっていないようにと必死になっている。昔はただただ幸せだった時間なのに、今はそれを感じている暇もなく、触れられている髪の毛一本一本が反応して体中に電気が通っているみたいにビリビリしている。華奢な体と反してごつごつして男っぽい指が見えるたびに、体がきゅうってなっている。 「別に、綺麗じゃないよ。耀にーにの髪の方がサラサラでずっと綺麗、女の子みたい」 「…嬉しくねーある」 「本当のことだもん」 「じゃあ我の言ったことも本当のことある」 ムキになって反論するあたりがとても年上には思えないほど子供っぽい。鏡の中にむすーっとした耀にーにの顔が映る。それを見てついぷっと吹き出してしまうと、耀にーには不機嫌そうに「何笑ってるあるか」と口をとがらせる。「耀にーにがむきになるから面白くて」それからずっと鳴っていて慣れてきた音が急に止んだ。乾いたあるよ、と耀にーには私の頭に大きくてごつごつした手を乗せ、くしゃくしゃーっと撫でた。折角乾いた髪の毛が無残になっていくのが見える。 「ちょっと、耀にーに!なにすんの!?」 「我を笑った罰ある」 そうは言ってるけれど、鏡に映った耀にーにの顔は楽しそうだ。からかってるんでしょ、もう。私は台に置いてある櫛を手に取って、自分の髪の毛に通した。耀にーにがぐしゃぐしゃにしたせいで、櫛は簡単には下へおりてくれない。何回か櫛を往復させたところで、私の手の上に耀にーにの手が覆いかぶさった。びっくりして後ろを振り向くと、耀にーにはいつもと変わらない子供っぽい笑みを浮かべて「我がとかしてやるあるよ」私の櫛を取り上げた。…耀にーにがぐしゃぐしゃにしたから苦戦してるのに。「さっさと前向くよろし」耀にーには私の肩に触れて、無理矢理鏡の方へと向かせる。私は反論もできないまま、さっき触れた手をもう片方の手で隠すようにかぶせた。 「背、伸びたあるな。手も随分大きくなったある」 「…うん」 「子供の成長は早いある。にーには少し寂しいあるよ」 「うん。……成長したから、もう子供じゃないよ」 「我からしたらまだまだ子供ある」 「子供扱いしないでよ」 子供じゃなくて大人がいい。妹よりは女として扱ってほしい。なんてたぶん耀にーにには通じない。私がどれだけ大人になっても、耀にーにはずっと私を子供のように妹のように扱い続けるに決まってる。耀にーにはひとふさ私の髪の毛を手に取り、櫛に通しながら苦笑して、鏡に映った偽物の私は、さっき耀にーにがやったようにむすっとした顔で口を尖らせていた。 「もう少し大きくなったら、大人扱いしてやるあるよ」 嘘ばかりが煌いた
(もう少し、もう少し)(それはいつのことですか) [2009/06/21][title by alkalism] |