「日本さんの背中、すきです」


私が世間話のようにふっとそのことを口に出すと、日本さんは眼を丸くしていました。そういえば、初めてこの背中が愛しいものだと思ったのもこの縁側でした。軍服を身に包んだ貴方を見送ることしか出来なかった私は、その体が倒れぬように後ろから支えてあげられる存在になりたいと思ったのです。私も本当は戦いたかったけれど、あの時はダメだと言い張る日本さんの気迫に抑えられてしまいましたね。守られるだけ、というのは本当に悔しいものでした。そして多くの者を失ったと悲しむ後姿も、傷ついたボロボロの小さな背中も、私は見てきたのです。


全部を背負おうとするその頼もしくも脆い背中に、私は憧れているのです。






「背中だけですか?」
「へ?」
「好きなのは背中だけですか?」


日本さんの思いがけない言葉に、今度は私が目を丸くする番でした。そんなわけが、ない。貴方が汚れているといったこの綺麗で骨格がしっかりとしている手も、黒くて女の子が羨ましくなるくらいさらさらの短い髪も、優しくあったかく細める目も、低くて艶のある声も、ぜんぶ、


「ぜんぶ、だいすきですよ」
「はい」


私もですよ。とあっさりと言われて、私の頬は熱くなってしまって、冷えろ冷えろと必死に両手で押えましたが、それは全くもって無意味なものでした。自分の頬に触れている左手を日本さんに取られ、そのまま指を絡ませながら私を引っ張ります。ぽすん、と体が感じた時にはもう目の前は日本さんの着ている着物でいっぱいで、鼻の中には日本さんの匂いが溢れかえっていて、そのせいで頬の熱は冷えるどころか上がっていきます。


「ににに、ににほんさんっ」
「はい」
「あああ、あの、ここ、これは、」
「…はい」


日本さんは楽しそうに笑う声が耳元で聞こえてきて、すごく恥ずかしいのです。離してください、と言うと日本さんはそれは無理です、と抱き締める腕を強めるのです。どきどきして、どうにかなってしまいそうです。


さん、聞いてください」
「は…はい」
「あの時は色んなことでいっぱいいっぱいでした。そのせいで、たくさんの国民が死に、傷つきました」
「……」
「…私はもうあんな思いはしたくない。だからもう戦うことはありません」
「…はい」
「つまり、さんは私の背中を見る位置にいなくたっていいんですよ」
「…はい」
「隣にいていいんです」


…はい、わかってますよ、日本さん。私はそっと、愛しい背中に残った右手を回しました。








ふたりきりで


  きてみようか




[2009/04/14][title by 不在証明]