「スイスさん、スイスさん」


なんだと言いながら振り返るとそいつはにこりと笑って、呼んでみただけです、とふざけたことを言い出した。ふざけているのか、と背負っている銃に手をかけようとすると「わわわ、ううううそですごめんなさい!」と止めるように我輩の腕に手をかける。全く、日本にしろこいつにしろ、どうしてこうも頭の中身がわかりにくいのか甚だ疑問である。


「…用件はなんだ」
「え、えっと…そのー」
「……」
「………」
「……」
「…ごめんなさい、嘘です」
「……」
「わわわ、スイスさん銃構えるのやめてー!」


ごめんなさいほんとに呼んでみたくなっただけなんです!は両手を上げながらそう叫んでいる。仕方なく構えた銃を下ろし、くだらない嘘を吐くなと言い(次はないという意味も込めて)、踵を返し歩き始める。後ろからとてとてと足音が聞こえ、我輩の裾を掴んだ。また歩くのを妨げられる。


「……」
「…あの、下ろしてくれませんか、それ」
「下ろすだけの理由を言えば、いいのである」
「……」


は我輩の手の中にある銃にびくびくしながらも掴んだ裾を離そうとしない。本当に何を考えているのかさっぱりわからないのである。怖いもの知らずというか、学習能力がないというか。さっきもくだらないことを言って同じ目にあったくせにまた同じことを繰り返す。「あの、一緒に歩いていいですか」…また意味のわからないことを言い始める。


「さっきから一緒に歩いているだろう」
「そ、そうじゃなくて。と、となりに!」


そんなもの、断らずとも隣にくればよいものを。さっきまでは「スイスさん、スイスさん。…呼んでみただけです」とかなんとか、図々しいことをしていたくせに、こういうことには遠慮する思考が読めない。我輩は溜息を吐くと、びくっと大げさなくらいにの肩が飛び上がる。まずはその手を離すのである。そう言ってやると、はあからさまに落ち込んだように沈んだ声で「はい」と言った。我輩は銃をしまい、離された手を掴むとそのまま引っ張り、歩き始めた。「す、すいっ、スイスさん!?」後ろの素っ頓狂な声など気にせずに前に進み続ける。


「隣がいいならもっと速く歩くのである」


後ろから、さっきとは違いトーンが上がった声で「はい」と聞こえて、足音が近づき我輩の横を歩き始める。リズムよく刻むステップが彼女の気持ちを筒抜けにしているようだ。「スイスさん、スイスさん」先ほどよりも楽しそうな声が我輩の横から聞こえ、なんだと言い返すと案の定彼女は「呼んでみただけです」と笑った。








応答
  せよ


  応答
     せよ


   応答
       せよ
(…)(はい、なんですか。スイスさん)(……呼んでみただけ、である)




[2009/04/14][title by 不在証明]