窓の外側からわーわーきゃーきゃー騒ぐ声が聞こえる。数学教師の地球上のものとは思えない言語とざわざわする教室の声を右から左へと聞き流しながらわたしは外へ目を向けた。あ、野球部のたじまくんだ。遠くからでもわかるくらいぴょんぴょん飛び跳ねて、飛んでくるボールを軽々とよけ、余裕でキャッチしている。ドッジボールかあ。この後体育なんだよね、…うちのクラスもやるのかなぁ。ドッジボール苦手なんだよね。苦い溜息をついてわたしは、理解できない暗号が並べられている黒板に向き直る。まあ、数学よりはマシかなぁ。


「外、何してた?」


小声で隣の席の千代が話しかけてきた。千代の位置だと少し乗り出さないと外は見えない。外が見えるのは窓側の列の特権だ。特に外が見えたからって何をするわけでもないけど、暇つぶしくらいにはなる。別に恋する乙女が好きな人を見つめてるとかそういうんじゃない。


「ドッジボール。うちもドッジかなぁ」
「そうかもね。今やってるの、九組だよね?田島くんは見えた?」
「たっ」


思わず少し大きな声が出て、おまけにシャーペンを落としてしまった。急いで拾って、周りを見ると、よかった、誰も聞いていなかったみたいだ。もともと数学の授業は騒がしいのだから、わたし一人が少し大きな声をだしたところで誰も気にしないし誰も気づかない。「なんでたじまくんなのっ」千代はからかうように笑いながら、だって好きなんでしょ、という。


「そ、そういうわけじゃ…っないよ」
「そういうわけでしょー?」


千代の言葉は断定的で、確信犯だということがわかった。からかわれるのが嫌でわたしは千代から視線を逸らして、ノートのほうを見つめる。「ー!」急に名前を呼ばれて心臓を飛び上がらせる。窓のほうを振り向くと、外で田島くんが両手をぶんぶんを大きく振り回しているのが目に入る。そ、そんな大声で呼ばないでよっ!わたしが人差し指を立ててジェスチャーしても、田島くんは気にせずに「なーなー、さっきの見た!?俺のスーパープレイ!」とさっきしてたみたいに飛び跳ねている。クラスが騒がしくてよかった。…うちのクラス以外には筒抜けだと思うけど。首を振ってみせるとえーとつまんなそうに声をあげる。千代と喋っているうちに、さっきの試合は終わっていたみたいだ。


「おい、田島!遊んでねーで整列すんぞ」
「泉引っ張んなよー。言われなくても今行くって」
「(泉くんも結構声大きい…)」


わたしはほっと息をつきながら、にこにこと意地の悪い笑みを浮かべてる千代を無視して黒板に目を向けようとする。けれどそれもまた、田島くんの「!」という声に呼び戻されて、心臓がまた跳ねる。緊張しているのは授業中だからっていうのと、大声で呼ばれて恥ずかしいってだけで、千代が言うようなそういう感じではない、断じて。「今度試合応援しに来いよ!そしたら今度こそスーパープレイ見せっから!」なんだ、そんなことか。頷いて、だから早く整列でもなんでもしてこの場から離れてほしいと願う。けれど田島くんはわたしのささやかな願いをいとも簡単に打ち砕いて、


「んで、勝ったら付き合って!」


キーンコーンカーンコーン。授業を終わらせる知らせのチャイムが鳴った。馬鹿なこといってねーで並べ!と遠くで怒鳴る泉くんの声と、田島くんすごいね、よかったねなんてちょっと的外れなことを言ってる千代の声が聞こえて、わたしの頬は熱をあげていき、力のこもった手がぽきっとシャーペンの芯を折った。











(ちょ、田島く、そんな大声で…!)




[2009/09/08]