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ふと眼が覚めると、ぼやけた視界の中に肌色を見つけた。だんだんとはっきりしてくる景色で、それがやっとマスターの首筋だってことに気づく。あ、そっか、一緒に寝たんだっけ。ずっと離さないようにとでもいうように、私はマスターの脇の下に腕を通していた。あ、はは、無意識でもなんでも、ほんとに執着してるんだなあ。下からマスターを見上げると、マスターは起きる気配もなく寝息を立てたまま。私はそっと脇の下から腕を片方引き抜いて、マスターの頬に触れた。柔らかくてすべすべだった。目元には涙の痕が残っていて、それを見るとチリっと胸の奥が焼けた。私はこの痛みの理由を知っているけれど、それを治すことは不可能だ。だから余計に、胸が痛い。 「ますたー」 自分の喉から出てきた声が意外にも震えてきたことに驚いた。駄目だ、私までマスターに伝染されたみたいに弱気になっちゃ駄目。いつだって弱気ではあるけれど、それをマスターに悟られてはいけないよ。だって、マスターに私の中のドロドロとした感情を見られてしまったら、私は死んじゃう。マスターに軽蔑されたら、嫌われたら、私は壊れちゃうよ。そんなの嫌だよ、嫌いや、いやいや。無意識にマスターのパジャマを掴んでいて、それは少し汗ばんでいた。…こんな風に、人間に近づける機能はいらなかった。感情も、汗も涙も、全部なくして無機質なロボットならよかった。そしたら何も考えなかったのに。鏡の中の自分の姿を見て絶望することもなかった、こんな気持ちに振り回されてばれないように涙を流すこともなかった、なんで自分は女なんだろうロボットなんだろうと頭の中をぐちゃぐちゃにすることも。 「すき」 だけど、何度嘆いたって私がロボットであることも、会社が私に女って性別を与えたことも何も変わらないのだ。鏡を見ても、デザイナーさんが考えた設定の鏡に映った異性、なんてものは映るはずがなく白いリボンをつけて少しだけ胸のある自分が見えるんだ。…私がレンだったらよかったのになぁ。あ、でも私がレンだったらマスターに買われなかったかもしれない。何回そう思ったんだろ。いくら眠っているといっても、私のこんな顔はマスターには見られたくなくてもう一度ぎゅっとマスターを抱きしめた。暖かかった、私と同じくらいに。するとマスターは「んんー」とうねった。それからしばらくして、「リン、まだ寝てる?」という声が上から降ってくる。私は必死に笑顔を作って、「ううん!起きてるよ。マスター、おはよう!」と声をかけた。 「おはよう、リン」 「…マスター、大丈夫?」 「うん、大丈夫。吹っ切れたーとは言えないけど、リンのおかげで楽にはなった、かな」 「そっか!よかった。…私ね、マスターが辛いの、やだよ。だからね、また何かあったら、絶対、ぜーったい言ってね」 「あはは、ありがと」 それにしてもマスターみたいないい女を振るような馬鹿男に私のマスターが泣かされるなんて、もうほんと許せないよね!力拳を作って必死にそう伝えると、マスターは苦笑いをしていた。あのね、マスター、私はほんとにそう思うよ。私だったら絶対泣かさないのになあ。絶対絶対守ってあげるのに。「そろそろ、朝ご飯作ろうか」そう言ったマスターの、目元に残った涙だって愛おしく思えるのに。 「マスター、マスター」 「んー、なあに?」 「私、マスターがだいすき!」 「…わたしもリンが大好き」 私をすきになればいいのに。 色違いの 花びら [2009/06/28][title by インスタントカフェ] |