マスターの周りをうろちょろする「レン」を横目で見て、はあとため息を吐いた。レンは全然わかってない。あんな風にくっついてちゃ、マスター困るじゃん。ほら、苦笑してるよ。なのに一向に離れる兆しが見当たらない。レンはマスターに懐いてる、というのは一目瞭然だ(だって掃除してても料理してても、ひよこみたいについていくんだもん)。マスターは懐かれてることそのものは嬉しいみたいだけど(こういう反応は新鮮だって言ってた)(…なんだそれ)、流石にこれは迷惑なんじゃないかな。いい加減離れればいいのに。リンは「なんかあっちのレン、可愛いね」とか言ってたけど、全っ然可愛くないから、むしろうっとおしいだけだから。そう言い返すと、リンは一瞬きょとんとしたあとすぐに笑いだした。それから僕の肩を叩いて「ま、がんばれ」と言って部屋へ行ってしまった。…意味がわからない。それからすぐに洗濯をしていた「リン」さんが、カゴにいっぱいの洗濯ものを詰め込んで通りかかって、僕を見たかと思うと軽く会釈する。つられて僕も。それからいそいそと彼女は別の部屋へと行ってしまった。僕らと違ってリンたちは仲がいい。…や、別に僕らも悪いわけじゃないんだけど。 「レンくーん。そろそろ離れてくれないかな?」 「なんで?」 「あのですね、前にも言ったけど。後ろからこう、見られながら作業すんのって気が散るっていうか、恥ずかしいんだって」 「じゃあ慣れればいいじゃん」 「そういうことじゃないっ」 マスターもマスターだ、はっきり邪魔だって言えばいいのに(言っても意味はないかもしれないけど)。それでもめげないレンは、人懐っこい笑みを見せてマスターを黙らせる。マスターってさ、笑顔とか泣き顔に弱いよね。それからレンはマスターの後ろからマスターの首に腕を回す。…自分と同じ格好したやつがマスターに懐くようにじゃれるようにくっつくのは、変な気分だ。僕は見ていたくなくて、視線をずらしたけれど気になってちらちらとそちらに目を向けてしまう。 「、。今作ってるのって、誰が歌うの?」 「んー、まだ決めてないんだよね。どうしようかな…」 「俺、歌いたいな」 「でもレンくん、この前も歌ったじゃん」 「が作った曲は全部歌いたいの!…おねがい」 「…考えておくね」 レンの甘ったるい猫撫で声にマスターはかすかに動揺しながらそう返した。マスターの返答に満足したのか、レンはにっこりと笑いかけて「やった、大好き!」と緩めに回していた首周りの腕をぎゅっと締める。その光景を見て、僕は眉をひそめた。とても見ていられるものじゃないから部屋を出て行こうとしたら、レンが「じゃあ俺、練習してる」と行って出て行ってしまった、なんだか図られたみたいで気分が悪い。今部屋を出て行っても、たぶんあいつと鉢合わせになる。それが嫌なので、僕は浮かせかけた腰を落とした。 「れーんー」 しばらくしてから、マスターがさっきレンがやったみたいに僕の首にソファー越しに腕を回してきた。何、と答えると「やだやだ怒んないでよ、レンきゅん。ただのスキンシップです」と意味のわからないことを言う。 「あっそ。…あいつのための曲作ってたんじゃなかったの?」 「作ってたけど、なんかレンの機嫌悪かったから中断ね」 「…僕のせい?」 「うん」 だから構って。と言うマスターがうっとおしくて、ひどくて、ずるくて、僕は泣きそうになった。でもマスターに泣き顔なんか見られたくないから必死に目から水が零れないようにして、代わりにマスターのバカと呟いてやった。マスターはそれに苦笑して、「何か嫌なことでもあったの」と聞いてくる。あったよ。マスターは最近、僕に構ってくれなくなった。僕が歌うはずだった曲は全部、あいつに持ってかれてる。気づいたらどんどん歌う回数が少なくなっている。そりゃあそうだ、ACT2で僕よりも滑舌がよくてすべらかに歌ってくれるレンのほうが、冷たい言葉ばかりを言ってしまう僕よりも素直にマスターに甘えてるレンのほうが、マスターはいいに決まってる。けれど、僕は僕が歌う曲を、僕より後に来たやつにとられたくないよ。リンは、自分は今までたくさんの歌をマスターに貰ったから、今度は新しいリンにわけてあげるんだ、それに歌わなくたってマスターは自分のこと好きでいてくれるからってあんまり気にしてない。…僕はそんな自信持てないのに、リンのその楽観的な思考が羨ましい。 「なんでもないよ、マスターの勘違いなんじゃない?」 「そんなことないよ。レン、最近ずっと眉間に皺寄せてるし」 「寄せてない」 「それに、」 マスターは僕の首を回したまま、身を乗り出して僕の顔を覗き込みながら言った。「さっきも、見てたでしょ?」…気づいてたの?やっぱりマスターはうっとおしくて、ひどくて、ずるい。心の中を全部見透かされたようで、恥ずかしくて恥ずかしくて、僕はマスターから顔を逸らして俯いた。 ひとりよがりのメロディー
[2009/05/28] |