ゆらゆらと電車に揺られながら、壁に寄りかかりドアの窓から景色を見下ろした。右から左へ流れていく景色は、どこへ行っても似たような街並みばかりで、しかもいつも見ているものだから結構飽きている。まもなく、という言葉が耳に入ると同時に電車はもう止まる体制に入っていた。周りの景色は減速し始め、止まった。私が今いる場所とは反対側のドアがプシューと開く。その向こうにいたのはよく見知った顔で、思わず「あ」と声をあげた。向こうも私に気づいたらしく「よっ」と片手を上げながら乗り込み、私の方へと近づいてきた。ドアが閉まり、電車が加速していく。 「おはよー、山ちゃん」 「おー。早いな、」 「そう?いつもより一本遅いんだけど」 「えっ、マジで。俺いつもより一本早いの乗ったんだけどなァ」 「…それだと遅刻しない?」 「いや、ギリギリ」 しかも走らないといけないとか。そういえば山ちゃんって野球部の朝練がなかった時はいつもギリギリだったっけ?…もっと早いの乗ればいいのに。今乗っているものでも十分間に合うのだから、いつもその時間に乗ればいい。そう言うと山ちゃんは「この電車、混むんだよ」と言った。そうかな、と思ってまわりを見渡してみると、座ることはできない程度の人数だ。別段混んでいる様子はない。 「それになー、結構いい運動なんだぞ。も今度やっとけ」 「私、そんなに運動不足じゃない」 「そうか?そろそろ太ってきた頃なんじゃ」 「ぎゃっ、山ちゃんセクハラ!!」 山ちゃんが突然お腹つまんできたから必死に鞄でガードする。山ちゃんは「悪い悪い」なんて悪びれた様子もないように、ひょうひょうと笑いながら謝る。や、山ちゃんってほんと、わかんないところが多すぎる。人もそこまで多くない電車の中で二人で騒いでいることに、少し恥ずかしさを覚える。しかも内容がセクハラときたもんだ。たぶん私の顔は真っ赤で、そういうことをするところが慎吾や山ちゃんのからかいの対象になる原因なんだろう。私なんかいじってても楽しいことなんかないだろ!利央いじってる方が断然楽しいでしょ!って思うけど。山ちゃんは案の定、喉で笑い声を鳴らし楽しそうにこちらを見ている。何か言い返そうとしたら、突然体が揺れてバランスを崩してしまった。どうにか近くの手すりに掴まり、転ばずに済んだけれど。あ、もう次の駅についていたのか。放送とか、全然聞いてなかったなあ。なんて思いながら、さっきと同じように反対側のドアが開くのを見ると、ぎょっとしてしまった。 「な、言ったとおりだろ」 だから嫌だったんだよなあ、この電車。と山ちゃんが呟いてしまうのもわかる。丁度通勤ラッシュかなんかの時間で、たぶんこの駅付近は住宅街なんだろう。私が乗ってる電車ではどうってことない駅なのに、一本遅れただけで満員になってしまうほどの人数だ。人波が一気に押し寄せてきて、私を、正確には私たちを壁に押し付ける。あまりの勢いでごん、と頭をぶつけてしまった。小さく悲鳴をあげると、「大丈夫か?」と真上から声が聞こえた。私より高い位置に、山ちゃんの顔があった。 「やや、や、やまちゃん」 「んー」 「ち、ちかい…です」 「なんで敬語?」 「そ、そんなのどうでもいいから。早くどい、て(はずかしい!)」 「しょうがないだろ、どうせ動けないし」 周りは気づいたら人人人人まみれで、プシューという音と共にドアまで閉まってしまった。私の逃げ道は完全になくなってしまった。予想外すぎる、まさか満員電車に引っかかって男の子とこんな風に密着することになるとは。大体、山ちゃんはこの駅で混むことを知っていたんだから、移動しちゃえばよかったのに。そしたらこんな風にドギマギすることもなかったのに。恥ずかしくて山ちゃんから目をそらそうとするけど、代わりに入ってくるのは山ちゃんの制服で、無理矢理視界を外すため横を向いた。 「あ」 「どーした?」 「や、うん、…なんでも」 私の横には山ちゃんの腕が置かれていて、私は完全に山ちゃんに囲まれ(包まれ?)ていた。その腕越しに、人がうごめいているのが見える。もしかして、潰されないように、してくれてるのかな?混むことを知っていたから、わざと?…うわ、私なんか悪いことしちゃったな、どいてなんて言って。でも恥ずかしいのは本当だし、こんな状況でなければどいてって騒いでるところなわけ、だし。なんだか混乱してきた、頭が熱い。 「おい、大丈夫か?」 「だ、だいじょうぶ」 「…すげー汗だけど」 「……熱いの」 残り二駅、私の鼓動は加速していくばかり。 キュウキュウ
キュウソク キュウハッシン [2008/12/07][Thanks 50,000!!][はるかさんへ!] |