「マスター」




耳元で甘い声で囁かれた。私は反射的に目と口をぎゅっと結んだ。私の前に回されている手は緩められる気配はなく、私は座ったまま動けない状態だ。何度も「離して」とお願いしても、レンは一度も頷くことはない。「私洗濯とか掃除とかいろいろやらなくちゃいけないんだけどなぁ」「俺がやったよ」「え、あ、買い物行かないと材料ないかも」「昨日行ったじゃん」「えっと…じゃあ曲!曲作ろうよ、ね、ね?歌うの好きでしょ」「今は歌よりもこうしてたいなぁ」そうしていていったい何十分すぎたんだろう。壁にかかっている時計を見ると、針はあまり進んでいなかった。私が長く感じているだけで、実際はたいして経っていない。私はもう一度レンに「そろそろ離してくれないかな」と声をかけてみた。するとレンはため息を吐いて(息がっ!耳にかかる!)、「マスター、そればっかり。…俺とこうするの、嫌?俺のこと嫌い?」と顔を横から覗き込みながら聞いてくる。




「嫌いじゃないよっ」
「じゃあ、嫌?」
「い、嫌」
「……」
「……」
「………」
「…じゃない」
「…マスターのそういう正直なとこ、好きだよ」




なななんでそうあっさりと好きって言えちゃうのっ、ボーカロイドか?ボーカロイドだからか?(え、関係ない?知ってるよ!)私が慌てふためくのがそんなに楽しいのか!しゅぽーって顔が破裂しそうだ。そもそもその質問自体がずるいと思う。嫌いじゃなかったら買わないし、「嫌」って嘘言った瞬間に捨てられた子犬みたいな顔されたら否定したくなるでしょ。「耳まで真っ赤、可愛い」レンは楽しそうに喉を鳴らしながら、今度は私の耳をかぷりと甘噛みしてきた。ううううわああっ。すぐさま手で自分の耳を押さえて出来るだけレンの顔から離した(けれど抱きしめられているせいで無理だった)。穴があったら全速力でそこに引きこもりたい。恥ずかしい。心臓に悪い、止まっちゃうよ心臓。前に回されていた手に突然力が加わる、それも左右不平等に。え、えええ?な、なに?わけもわからず流されていくと、そのまま二人でばたんと倒れこんでしまった。え、ちょ、まさか。




「ちょ、れ、レンっ、離しなさい!」
「なんで?」
「な、なんでもなにも!こういうことは大人になってから!」
「俺大人になれねーもん」
「そそそうだけど!!でもダメ!」




っていうかボーカロイドってそういうこと出来るのか。そんな疑問も出るけどとりあえず私は目の前の危険を回避することにいっぱいいっぱいだ。レンは起き上がって私を見下ろす。私は逃げようにも両手をレンに方手押さえつけられてて動くことができない(もう片方で何をする気だ!)。「好きな人とこういうことしたいって思うのは、いけないこと?」耳元で言うなっ。流石ボーカロイドなだけあって声の出し方をよくわかっていらっしゃる、私の弱い声にもお見通しだ(え、関係ない?知ってるよ!)。とにかくじたばた暴れてみると、レンが制するように私の唇に人差し指をあてた。「それに、」




が言ったんでしょ、嫌じゃないって」






呼吸するウラガワ




[2008/11/24][Thanks 50,000!!][あいさんへ!]