「メイちゃん、ほんとに、ほんとにごめんね…」 「ハイハイ。あたしは気にしてないから。さっさと行け」 「そんな…つーめーたーいー」 冷たいとかそんなこと言われたって、あたしがだだこねたところでどうにかなる問題でもないんだから仕方ない。マスターにはマスターの用事があって、…仕方がないのだ。例えそれが、あたしの誕生日とかぶってしまっても。ボーカロイドのあたしとマスターの人間関係だったら、優先すべきは後者に決まってる。少し期待していたのも確かだけど。…だって、マスターが嬉しそうにしてたから。「メイちゃんと過ごして初めての誕生日だよねえ」とか「絶対絶対、用事とか入れないからね!何がなんでも休むからね!」とか言っていたから。楽しみにしていたのは事実だ。だけど、まあ、予定が入ってしまったならしょうがないよ、あたしだって子供じゃないんだから。……。 「……いっそすっぽかそうかな」 「ダメ。人間関係は大切にしましょーネ、マスター」 「私はメイちゃんとの関係を深めた方が有意義だと思うんだな、これが!」 「はーい、そろそろ出ないと遅刻よー」 マスターのわがままは、いつだってあたしを喜ばせるためにあるようなものだけど。それで甘やかしていたらマスターがダメ人間になってしまう。あたし用の曲を作りたいから今日は家にいたいだとか、お金がないけどとりあえずあたしを着せかえ人形にしたいから服が欲しいとか、あたしの作る料理が好きだから料理全部あたしに任せたいとか、あたしの誕生日だから用事をすっぽかすとか。もしかしたら単にわがままの理由づけにあたしを使ってるのかもしれないけれど、それでも必要としてくれていればあたしはなんでもよかったりする。それだけでも実は結構、マスターに甘いのかもしれない。マスターは玄関に座り込んで、出ていく気はなさそうだ。早くしなさい、と言ってみても反応なし。マスターは「だってさー」と、いいわけやらわがままやらを繰り返す。拉致があかない。 「マスター、さっさと行ってくれないとあたしも困るんだけど」 「メイちゃん酷いよ…私はメイちゃんの誕生日を祝いたいだけなのに」 「だから早く行って、早く帰ってきてって言ってるの。ケーキも買っておくし、料理くらい作っとくから」 「…ほんと?……や、でも私が作らないと意味がな」 「じゃあマスターはプレゼント買ってきてよ。…そうねえ、今は日本酒が飲みたい気分だわ」 そう言いながらまだぶーたれてるマスターを無理矢理立たせ、背中を押して玄関の外へと追いやった。押しながら、「ケーキは何がいい?」と聞くと文句を言いながらもしっかり「チョコ」と答えてるあたりは流石うちのマスターだ。マスターは「メイちゃんは自分の誕生日なんだからもっとわがまま言ってもいいんだからね」とか言ってるけど、それは完全にマスターのわがままだ。「なら、お土産の日本酒。熱燗でよろしく」と言ってやると、マスターは言い返せないようで顔を歪ませた。マスター、その顔ぶっさいく。 「熱燗って、…強いじゃん。メイちゃんぶったおれるよ」 「あたしが簡単に倒れると思ってんの」 「思ってません。…しょうがないなあ、もう。メイちゃんのぶぁーか」 「ハイハイ。それより、早く帰ってきてよね」 マスターと一緒にお酒飲むの、楽しみにしてるんだから。マスターはそれを聞くと目を輝かせて、「うん、…うん!早く帰ってくるからね!いい子にして待っててね!メイちゃんのために最高級のお酒買ってくるからね!」と足を走らせて行った。全く、手のかかるマスターだ。さて、あたしは何を作ろうか、マスターの後姿を見ながらそっとドアを閉めた。 君と交わすは甘すぎる盃
[2008/11/07][Happy Birthday!!] |