「れーんーっ」
「うわ、マスター、酒くさ…」




ドアを開けるなり抱きついてきたマスターからは鼻を抓みたくなるほど酒の匂いが漂っていた。オレに触れている部分の肌は熱いし、顔も結構赤い。どうせ無理矢理飲みに付き合わされたのだろう。マスターは酒に弱いからってあんまり酒は飲まないのに。好きじゃないなら行かなきゃいいのに、と言ったら「付き合いだから仕方ないの」と言われた。人間って、面倒臭い生き物だ(だけどそんな人間に憧れてるオレもオレだ)。でろんでろんになっているマスターを玄関から引きずってソファーに座らせる。寝室は二階にあるので、このまま引きずるとマスターに怪我をさせてしまうのでこれは妥協案だ。一応十四歳、という年齢設定なのできっとそれ相応の力しかオレには備われていないのだろう。カイトがいればきっと楽々に運んでしまうような気もする。けど、カイトに運ばれているマスターを想像するとすごく嫌な気分になるのでカイトがいなくてよかった、と心底ほっとした。




「…マスター」
「ういー」
「パジャマ、此処に置いておくんで着替えてくださいね」
「ういー」




マスターは完全に酔っていて、話しかけてもまともな返事が返ってこない。でもちゃんと聞こえていたらしく、のそのそと自分の服に手をかけ始めたので、オレは台所へ向かった。コップに水を注ぐ際中、どさっ、という音が聞こえ、思わずその方向を振り返ると、着替え途中のマスターがソファーに寝転んですうすうと規則正しい寝息を立てている。……、マスターのバカ。文句を言いたくなるのをぐっと抑えながら、コップをテーブルに置き、別の部屋から毛布を持ち込んで現在男といるのには薄着すぎるマスターにかけてやった。と、今度はもぞもぞと動きだして「レン…?」と声をかけられた。起きるとは思わなかったから、ビビった。マスターは起きてはいるけれどまだ寝惚けているみたいで、自分が今どんな姿なのかを認識していない(認識したところで意味はないと思うけど)。起き上がっているせいで、さっきかけた毛布がずれて、かけた意味をなくしている。




「大丈夫ですか?水、いります?」
「ん、……いる」




水を渡すとマスターはごくごくと音を立てて飲む。マスターはまだ目が虚ろで状況判断が出来る状態じゃない、からいっそ寝かせてしまったほうがいいだろう。喉を上下に動かしているマスターを横目で見つつ、そう考えて、飲み終わったら「ベッドに行きますか?」と聞いた。マスターは「ここでいい」と弱々しく答えて、ソファーに横たわる。うん、ソファーで寝るならオレは別にそれでもいい。立ち上がりながら、「それじゃあマスター、おやす」みなさい、と声をかけようとしたら、ズボンの裾を掴まれた。




「こもりうた、うたって」
「…はい、マスター」




子守唄なんて歌う必要もないくらい眠そうなのだけれど、マスターがオレの声が好きだから眠くても聞きたいって時がある、と以前に言ったのを思い出してすぐに頷いた。マスターがオレのズボンから手を離し、それに合わせるようにソファーの近くに座りながらもう一度毛布をかけ直す。音量は隣近所に迷惑じゃないよう、マスターの頭に響かない程度の囁くほど小さなもの。マスターは目を閉じて、赤ちゃんみたいにすぐに眠りについてしまった。けれどいつの間にかマスターに今度はシャツの裾を掴まれてしまい、しかも完全に眠っているのでむやみに離すことはできなくなってしまった。うちのマスターは困った人間だ。マスターの寝顔を見ていると、胸がぎゅっと何かに掴まれたようなそんな感覚に落とされてしまう。仰向けだったマスターは気持ちよさそうに寝返りを打ち、こちらに顔を向けた。ちょっとだけ、距離が縮まったことに一瞬、逃げたくなって、拳を握り締めた。




「マスター、」




オレが今持っている気持ちが、もともと業者側の人間が「十四歳の思春期男子」として持たせた機能なのか、それとも意志を持つボーカロイドであるオレが自分の中に生み出した感情なのかはわからない。けれどどっちにしろマスターが好きだって想う気持ちは本物だって思う。マスターはオレがボーカロイドだからか、それとも年下であるせいか、はたまたただの家族としか思っていないのか、平気で抱きつくし、目の前で着替えようとするし、全く意識してくれない。でも、此処で何かしたら少しは考えてもらえる、のだろうか。そう手を出しかけて、…やめた。酔いつぶれているマスター相手に何かしたところで、きっと翌日には忘れてるに決まってる。だったらせめて、と、




「好きです」




聞こえていないことをいいことに、それだけを伝えて。毛布から飛び出した白い肩にそっと唇を寄せた。













 は泥だらけ







[2008/09/23]