溢れるワイン
テーブルがワインに染まる(君色に)。


泉は野球が好きだ。泉と話しててそう思うのは、やっぱり野球部でのことを楽しそうに話すからだろう。「俺、最近氷オニ連勝なんだぜ?」「また水谷がフライ落としてさー」泉が言うには中学の頃は練習が嫌いだったらしい。けど、今の泉を見るとそうには見えない。よっぽど今の野球部の居心地がいいんだろうなぁ、なんて思っていたのは最初だけ。毎日毎日毎日毎日、話題は絶対野球野球野球。飽きるっていうか…いや、田島や三橋といる時は別に野球の話してくれたって全然構わないんだよ?だけど、せめてあたしといるときくらい別の話とかでもいいんじゃないかなぁ、と最近は思う。だって、二人でいる時ですら野球の話してて(しかも泉が一方的に)、楽しそうなのはいいんだけどあたし野球について詳しくないからなんだか疎外感を感じる。(二人でいるのに!)




「泉はあたしといるより野球してるほうが楽しいんだね」
「…はぁ?」




あ、あからさまに嫌そうな顔をした。ちょっと落ち込む。(そ、そりゃあ話しているとこ中断してこんなこと言うあたしも悪いけどさあ!)(そんなこと言わせるくらい不安にさせる泉だって悪いよ)(ああ、責任転嫁した)…野球に嫉妬だなんて格好悪いけど、感情なんてコントロールできるほど出来た人間じゃないんだあたしは。




「泉、あたしといるのに野球のはなしばっか」
「…なんだよ」
「あたし、その話もう嫌だ。いっつも楽しそうだから、」




寂しいじゃん。笑えるくらい楽しい野球部にいれてよかったね、くらいいえたらいいけどあたしはそんな可愛い女じゃない。あたし以外の人のことでそんな風に笑わないでよ。優先すべきは野球よりあたしにしてよ。(もう、いやだ)こんなこと考えてたら、泉に嫌われちゃうよ。




「何泣いてんだよ」
「泣いてない」
「泣いてるだろ」
「泣いてないったら泣いてない」
「嘘吐くなよ」
「吐いてないもん」
「だー!うっぜーな!ちゃんと言えっつってんだよ!じゃねーとわかんねーよ!?」
「(ウザイって言われた…!)」




ちゃんと言えも何もさっき言ったとおりだよ!泉の馬鹿馬鹿馬鹿!!あたしは必死に毎日泉の言ってること理解しようと野球勉強したりしてるのに!(でも理解出来ないの!あたし馬鹿だから)なのに泉はあたしのことこれっぽっちも気を使ってなんてくれなくて、ずっと楽しそうに野球の話しててそのたびにあたしが辛い思いしても気にかけてくれなくて!




「あたしは、」
「……」
「泉にもっと、考えてほしい…あたしのこと、」




あたしのこと、もっと考えてほしい。あたしと二人でいる時は野球部のことすら頭からすっぽ抜けてしまうくらいあたしのこと考えてほしい。野球のこと、全く話すなとは言わないよ。泉が楽しそうなのは嬉しいから。でも、あたしの話も聞いてほしいし、気にかけてほしい。…あたし、わがままだ。ねえ、あたし、如何すればいい?




「考えてる」
「嘘だ」
「考えてるって!マジで。いっつも、いっつも」
「嘘だよ」
「ほんとだっつってんだろ」
「うそ」
「じゃねーよ!」




いつも、いつもいっつも必死なんだよ俺だって。といると何はなしたらいいかわかんなくなって、俺が持ってる話題って野球のことしかないから野球部のことで一杯一杯で、でもは野球のことわかってるのかとか聞いてて楽しいのかって思うけど、お前…笑ってるから。俺の話聞いて笑っててくれるから。それから野球のこと勉強し始めたって聞いて俺すっげー嬉しかったんだぜ。俺、にそういう顔してほしいから、必死に話題探してるんだ。だけど野球以外わかんねー…し。


泉は最後の方は顔を赤くしてて、本当にいっぱいいっぱいだった。そんな泉を見てあたしはつい、噴出してしまう。




「なっ…てめ、笑うなよ!」
「あはは、ごめんごめん」
「さっきまで泣いてたくせに。調子いい奴!」
「あいたっ」




笑ってたら泉が怒ってデコピンをお見舞いしてくれた。(といっても本気ではない)(本気のデコピンはもっと痛いのだ)ああ、馬鹿みたいだね、あたしたち。不器用で馬鹿でどうしようもない。だから、今度はあたしから話すよ。ちゃんと、言葉に出して。ね、聞いてくれる?




飲み干した
そうしたら、もう何も溢れるものはない。




[2008/08/19]