つい数週間前まで混乱に満ちていたキンモク星も少しずつ復興しつつある。うーん、完全に元に戻るにはあともうちょっとかな、なんて考えながら少し高い丘の上からちょこまかと動きまわる人々を観察していた。この丘は私が住んでいる街を全て見渡せるし、街中に埋めてある金木犀の香りが此処まで漂っていて私のお気に入りの場所だ。数ヶ月前には焼け野原になっていたのに、植物の力って偉大、と関心すらもしてしまう。靴が土を踏む音(だけど植物は避けてくれてるみたい)が聞こえて、振り向くと綺麗な銀髪が風になびいていた。


「あーら、ヒーラーさんったら、お仕事はサボりですかぁ?」
「貴方に言われたくないわ」


この場所は私だけの聖地じゃなくて、ヒーラーにとっても贔屓している場所なのでもある。ヒーラーは私の横に胡坐で座った。むむ、なんて男らしい座り方。この綺麗な人がこんな格好するところはあんまり見たくない。いつのまにこんな座り方になったんだ、ヒーラー。風が吹いて、銀髪が私の背中をくすぐり、金木犀の香りと共にヒーラーの匂いも感じる。


「そー言えば聞いたよ。あんたたち地球でアイドルやってたんだって?しかも男の格好で」
「…ファイターね」
「ぶっぶー。プリンセスとメイカーでした」


私がそう言うと、ヒーラーは「そ、それくらいちゃんと予想してたんだから」と言い訳を付け足す。意地っ張りなところは変わらないなぁ。予想も何も、地球に行ったのはプリンセスとあんたたち以外いないのに。思わず笑ったら、ヒーラーは疎ましそうな目でこちらを見ていた。何笑ってんの、とでも言いたげ。きっと男になっててもこの妙に生意気で我儘で放っておけないところは変わらなかったんだろうなぁと想像するとさらに笑いが込み上げてくる。それが気に食わなかったのか、ヒーラーはずっと不機嫌顔だ。


「そんな怖い顔してたらせっかくの美人顔が台無しだよー」
「誰のせいだと思ってるの」
「さあ?」


私がそう言って流すとヒーラーは「そういうとこ、星野に似ててむかつく」と言った。セイヤって誰のことだかわからなくて首をかしげていると「ファイターのこと。地球にいた時の」と付け足された。ファイターって大人っぽくて頼りになるイメージがあるから、いまいち想像がつかない。


「ふうん。…私も見たかったなぁ、セイヤ」
「ファイターに頼めば見せてもらえるんじゃない?」
「それもそうなんだけど…っていうか、ファイターよりもヒーラーのほうが見たいかも」
「…はぁ?」
「だってヒーラーがどんな男になるか興味沸くじゃない。男になっても可愛い顔には変わりないよね、きっと」
「男が可愛いって言われても嬉しくないわ」
「でもあんたは中身的には女の子でしょ」
「そうだけど…夜天の時は男なの!」
「ヤテンって言う名前なの?セイヤもだけど、変な名前ー」


ヒーラーはあからさまに溜息を吐いて、「貴方と話しているとどうしてこう、疲れるのかしら」と呟いていた。お褒めいにお預かり光栄です。ヒーラーは褒めてないと言い返してきて、また大きく溜息を吐いておまけに頭まで抱え出した。普段ヒーラーは我儘を言ってファイター達(正確にはメイカー)に世話を焼かせる側だから、私みたいな人間に振り回されるのは慣れていないのだ。手を頭から外し、ヒーラーはこちらに目線を向けた。その眼は睨んではいないけれど笑ってもいない、無感情のようでそうでもない、いまいち感情が分かりにくいものだった。不覚にも、その綺麗な金色にときめいて…って私、そっちの気はない!断じてない!…はず。ヒーラーが無駄に可愛い顔してるんだもん、仕方ないよ。


「え、と、とりあえずさ!ヒーラー達が地球に行ってまでしかもアイドルまでやって頑張ってくれたおかげで今こうやって平和が訪れてるわけなんだし!」
「何よそのとってつけたような言い訳。意味わかんない」
「だからありがとう!ってこと!!」


私が急いで、誤魔化すように言った言葉は、本当はずっと言いたくてたまらなかったこと。本当はもっと上手く誘導して会話として可笑しくない程度にさりげなく言いたかったのだけれど、私が口下手なのがよくわかった気がする。メイカーには言う前に見破られちゃうし、ファイターにはヒーラーみたいな天の邪鬼じゃないから素直に言えたし。面と向かってお礼を言うというのは案外恥ずかしいことである、しかも平和になったのは貴方のおかげですありがとうだなんて。恥ずかしくなってヒーラーの顔が見れないまま、視線をあちこちに向けながらヒーラーの言葉を待っていると、ヒーラーはなかなか言葉を発しなかった。次第に頬の熱が引いてきた私がそっと、少し背の高いヒーラーの頭を見上げると、ヒーラーの顔が今まで見たことのない赤に染まっていた。


「…もしかして、照れてる?」
「っ照れてなんか!それにお礼なんて、いろんな人に言われてるんだから今更に言われたってどうってことないんだから」
「はいはい」
「…ちょっと、顔が笑ってるわよ?」
「気のせいだって、気のせい」


ヒーラーの意地っぱりぶりは筋金入りだ。顔真っ赤にして、目線は逸らすし、冷静にもなれてないのに説得力があるはずがない。納得がいかないというヒーラーを他所に、私は立ち上がって「さぁて、そろそろ帰りますか」と背伸びをした。すっかり長居してしまって、日が落ちそうだ。夕日が照らす丘に、あの焼け野原のような赤が脳裏に過ぎったが、これはあんな汚い赤じゃない、透き通る鮮やかなもので、私はこの景色を見るのが好きだ。だけど今はヒーラーの顔のほうが見ものかなぁ、珍しいし。「何笑ってるの」ヒーラーは相変わらずの不機嫌顔に戻ってしまったけれど、私はそれで充分、満足だった。






[2008/07/26]