マスターはずっと、手にお茶碗と箸を持ったまま窓の外を見つめてる。外は注意報が出るほどの酷い雷雨。でもマスターは今日出かける予定がなかったはずだから、雨なんて気にする必要はないと思うんだけどなぁ。そう思いながら「マスター、味噌汁冷めますよ」と声をかけると、マスターは空返事をしながら箸で食べ物に触れる。意識は完全に窓の外、だ。何かあるんだろうか、と外を見ても俺の目には横殴りの雨しか映らない。 ピカッと外が一瞬光に包まれる。その少し後、遅れて音が鳴「ひゃっ」…ったと同時に、マスターの小さな悲鳴が俺に届いた。驚いて視線をマスターの方へ戻すと、マスターは落としてしまったらしい箸を拾っていた。 「マスター、どうしたんですか?」 「な、んでも、ない」 なんでもないようには見えないけど。また外が光を晒し、音が鳴る。そして、今度は悲鳴はなかったもののびくりとマスターの肩が浮いた。 「もしかして、雷苦手なんですか?」 「…別に、苦手じゃない」 うちのマスターはわかりやすい。明らかに外の雷を意識していて、外が光と身構えるように体を硬くする。そんな状態で、どうして怖がってないといえようか。不謹慎かもしれないけど、普段強気なマスターがこうやって身を縮込ませる姿は可愛いと思う。「何笑ってるのよ」俺の視線に気づいたマスターは、いつもどおりの少し強気な口調で、だけどいつもよりも迫力のない声音で、俺を睨みながら言った。「なんでもないですよ」そう言うと、あっそ、と言いながらお茶碗と箸をテーブルの上に置きながら立ち上がる。 「ごちそうさま」 「マスター、どこ行くんですか?」 「部屋。…寝る」 「ええっ」 なんでっ。まだ午前中なのに、さっき起きたばっかりなのに!今日は俺の調教するって言ったじゃないですか、マスター!俺がすぐすぐさま立ち上がって、マスターを捕まえて、そう聞くとマスターは、うるさいバカイトと暴言を口にする。マスター、前にも言いましたけどあんまり口悪いと嫌われちゃいますよ。マスターはうるさいバカイトともう一度言った。 「大体こんな時にパソコンつけたらショートす…ひっ」 マスターが身を竦めながら悲鳴を上げたと同時に、突然視界が真っ暗になった。え、あ、あれ、て、停電?近くに落ちたのかな。視界が暗くて見えない。ブレーカーが落ちたわけじゃないから、いつ電気が点くかもわからない。懐中電灯、何処かにあったかな。マスターの手を離して探しに行こうとすると、何かが俺のマフラーを引っ張った。ままますたー、首っ、首締まりそうですっ。 「ど、どこいくの」 「懐中電灯、をさが、しに」 「…こんな暗い中で歩きまわって、散らかされたら迷惑よ」 だんだんと暗闇に慣れてきた目でマスターを見ると、マスターの目はかすかに潤んでいる。わかりました、と言いながら俺はマスターの腕に触れてマフラーから手を離させる。強い口調とは裏腹に、マスターの体は少しだけ震えていた。「怖いんですか」と聞くと怖くない、と見栄を張って手を離されてしまう。けれど気丈に振る舞っていても、怖がっていることはまるわかりだ。だけど追及したところでマスターは正直に「怖い」と口に出すような人間じゃないことくらい分かってる。外はまだゴロゴロと音と光が交錯していて、マスターはまだ怯えているみたい、だ。震えてる腕をもう一度掴む。びくり、と過剰に反応した。 「マスター」 「な、何よ。…怖くないって言ってるでしょ」 「わかってますよ。…俺が怖いんです」 「は?」 「雷が怖いんです。だから、傍にいてもいいですか」 我ながら苦しい嘘だったかな、と胸の奥で苦笑しながらマスターの顔を見下ろすと、マスターは何故か頬を少し染めていて、瞳に宿していた潤いはどっかに行ってしまったようだ。「しょうがないわね」と言った顔は何処か嬉しそうで、それを見ると俺も嬉しくなる。ピカッと外が光ったのを感じたので、急いでマスターの耳を塞ぐ。腕の中で何すんのよ、とマスターがわめくけれど「怖いからしばらくこうさせてください」と言ったら、大人しくなったマスターが「ばか」と呟きながら俺の服にしがみついた。 いとしのうそつき
[2008/07/18][みゆきへ!] |