「さーん、帰ってるのー?」 パチ、と電気をつけると、その部屋の片隅にあるベッドにさんは眠っていた。うわ、酒くせー。また振られてヤケ酒かよ。溜息を吐いてから、頼まれていた食材をテーブルの上において、適当に冷蔵庫に突っ込んでからベッドの横に座り込んだ。あーあー、すっかり寝ちまってるなぁ。飲みすぎなんだっつの。周りを見渡すとチラシやらプリントやら服が散らばっている。スーツも脱ぎ散らかして…一体どんな生活をしているのかが丸判りだ。少しは女らしくしろよなぁ。そう思いながらチラシを丸めてゴミ箱の方へと投げた。チラシはゴミ箱にコツンとあたり、跳ね返って外に落ちた。拾いに行こうかと思ったけれど面倒なのでやめた。それからスーツをハンガーにかけてクローゼットに入れる。この作業は最初こそ「女の子のクローゼット勝手に開けるな!」とかなんとか言われたけれど、もう今更何も言うことはない。(つーか文句言うくらいならちゃんとしまえよな) 「んん、…よしろ、?」 「おーおはよ。さん」 「来てるんなら、…起こしてくれればよかったのに」 「あまりに爆睡してるもんだからつい」 「爆睡なんてしてませーん」 さんは欠伸をしながら起き上がって、俺の頭をコツンと叩いた。それから「今日の夕飯はなんですか」と暢気に聞く。「パスタ。もうちょいしたら作るから」パスタはさんの大好物だ、特に俺の作るものが好きだという。さんは嬉しそうに笑って「よしろーすき!」と抱き付いた。…この人、まだ酔ってるな。いくら年下とはいえ、男に簡単に好きとか言っちゃダメだろ。近くにベッドあって、シャツのボタンが何個か外されている乱れた服装で(恐らく酔った勢いだと思われる)、…俺かなーりストップかけてるのなんでわかんないかなぁ。早く食べたいらしく、俺の「もうちょいしたら」という言葉を無視して「早く作りなさいよー」と服を引っ張る。ハイハイ、野球部の手伝いやってから買い物行って、少し疲れてたけどさんの顔を見たらしょうがないなぁと世話を焼きたくなる自分の性分が憎らしいや。 「んん、おいしーい」 「そーかな、でへ」 「キモイ」 「そんな褒めた直後に貶さなくても…!」 「嘘だよ、よしろーはかわいいなぁ」 さんは年上とは思えないような無邪気な笑顔で、つるりとパスタを口の中に滑らせていく。俺ってこの笑顔のために頑張っちゃってるのかな、とかクサイけど思ってみたり。野球部の手伝いした後に買い物行ってまでして作った甲斐がある。 「さん、またカップラーメン生活してたでしょー」 「まぁね。やっぱり良郎がいなくちゃどーにも…はは」 「体に悪いから毎日はよくないって」 「だったら毎日作りに来なさいよ」 「俺だって色々忙しいんですー。さんも料理覚えたほうがいいよ」 「それが出来たら良郎を呼んだりしないって」 そういいつつも、俺としてはさんは料理覚えないほうが、頼りにされてるって感じですごい嬉しいんだけどね。俺がさんにメシを作りに来ること以外は何も接点ないし。それから食べ終わった後、「おかわりー」と俺にせがむ。自分で行けよと言い返すも「面倒」の一言で返されて苦笑い。はいはい、よそってあげますよ、さんのために。俺はもう一度台所へ向かった。 台所は相変わらずの汚さにまた俺が掃除すんのかなぁ、と思うと憂鬱になってくる。積み重なってるカップの山が異臭を放つ。さっきまでは、こんなに汚いのに使った痕跡すら残っていなかった。色んなの意味ですげーよ。それから余っているパスタを皿に拾い上げていると、後ろから小さく嗚咽が聞こえた。「うっ、ひっく、」部屋にいるさんの声を聞いて俺は苦虫を噛み潰した気分になった。さんは変な男にばかり惚れて、しょっちゅう振られてる。つか、此処に目一杯あんたの世話してやってる男がいるっていうのに、なーんで別の男のとこばっか行っちゃうのかな。まさかほんとに俺が料理作るためだけにあんたのところに来てるだなんて思ってる?そんなわけねーじゃん、そんなの、ただの口実で建前で、本音はいつも言えないまま。本当はもうちょっと、頼ってほしい。近くにいるんだから、近くにいるからこそ。だから、俺がいないうちに泣こうとしないでよ。好きな女が別の男想って泣いてるのに、慰めることすらもさせてくれないのは、一番近くにいる男としては面白くねーんだよ。俺は近いと見せかけて、本当は一番遠い場所に追いやられてるのかもしれない。そうして、嗚咽が消えるのをただ、台所で待つことしか出来なかった。 (舟を漕ぐ櫓を捨てる)
[2008/06/10] |