夜遅く、部活帰りに疲れた足を回して自転車を進める。あー今日も楽しかったな!田島のやつまたビリだし、俺一位だし。家の前でブレーキをかけると、夜には傍迷惑な甲高い金属音が鳴り響く。それから自転車を止めようとしたら、向かいの家に人影が見えた。…あれ、 「…もしかして、孝ちゃん?」 「、」 は向かいの家に住んでいる女子大生。幼馴染で小さい頃から一緒に遊んでいた(というか、歳的には俺が遊んでもらっていた)けれど、が丁度中1になる頃になるとそんなことはみるみるうちになくなってしまった。原因は挙げるとすれば、俺も近所に住む年上の姉ちゃんと遊ぶよりも同年代の奴らとつるむほうが楽しいと思える時期だったし、も部活動やら何やらで忙しくなったからだろう。それでもちょくちょく会うことはあったのだけど、俺が中学生になるころにはは高校生で、しかも少し遠くの学校へ通っているものだから朝が早く、部活動で夜も遅い、なのでめっきり会う事もなくなった。俺が高校生になるころは当然今現在と同じでは大学生で、サークルとかってのは入ってないものの、帰ってくるのは俺のほうが遅いから会えることはない。だから彼女に会うのは俺が中学生の時以来である。(おばさんにはしょっちゅう会うけど) 「こら、孝ちゃん。お姉ちゃんでしょ」 「もうそんな呼び方する歳じゃねーよ」 「久しぶりに会ったと思ったらこれなんだから…可愛くないわね」 は呆れながら肩をすくめた。…確かに小さい頃はお姉ちゃんと呼んでいた記憶もある。けれどやっぱり高校一年にもなって呼べねえよ。子供っぽい仕草に呆れたいのはこっちだ。だけど、懐かしそうに嬉しそうに喋るは昔の面影を残しつつも、昔よりずっと大人にもなっていた。当たり前のことかもしれないけれど、俺の中のはもっと子供だったのに、昔よりもずっと「女」になっていて、それにどくんと心臓が動く。顔も大人っぽくなって、…ああ、くそ。見入っちゃって、馬鹿みてえ。思わず頭を振って、そういう感情を全て吹っ飛ばしてからもう一度を見る。「何やってるの、孝ちゃん」は笑っていた。…くそ、折角煩悩を振り払ったのに、意味もなくまた見入ってしまったじゃないか。そうして見惚れた瞬間に、風が吹いてふわりとの髪が舞う。一瞬垣間見えた白い首筋にドキッとする。見ちゃいけないもん見た気がして思わず目を逸らしたけれど、一つ、違和感を感じる。 「…彼氏、出来たんだ」 「え?…あ、」 「ふーん、だから今日は帰ってくるのが遅いんだ」 嫌味を込めて言うと「孝ちゃんは鋭いね」と口元に手を翳して笑う笑う笑う。憎たらしい。白い肌についている小さな赤が憎たらしい。顔を赤らめて「お母さんには内緒だからね」とかなんとか言うに見惚れる自分に虫唾が走る。ああ、お前は何にも知らないだろうな。ずっと会うこともなかったんだし、は俺のことを弟みたいな存在としか見てなかったんだ、知るはずもない。このままといると暴走して感情をぶちまけて傷付けてしまいそうで、それだけは嫌で、さっさと家の中に入ってしまいたかった。でも、タイミングを掴むことが出来ず、目の前でキラキラ笑顔で喋り続けるを見ないようにすることがやっとだった。 「それにしても孝ちゃん、おっきくなったよね」 「そーか?」 「だって最後に会った時はまだ私より低かったのに、」 自分の頭に手を乗っけて、俺の方へと持ってくるとその手はコツンと俺の額に当たった。「がちっさくなったんじゃねーの?」と言うとは「違うよ、孝ちゃんがおっきくなったの。あーあ、もうちょっと伸びたかったな」と拗ねたように、「孝ちゃん暫くみないうちにかっこよくなっちゃったし、なんかいろいろずるい」と言った。どんどん女らしく、綺麗になっていくにそんなこと言われたくなんてなかった。どうせ俺のこと、弟みたいにしか思ってないくせに。かっこよくなったって、にそういう対象で見てもらわなくちゃ意味がないんだよ。 「…じゃあ、そろそろ」 「あ、うん!ごめんね。話し込んじゃって」 「別にいいよ」 忘れてしまおう。俺だって、ただの初恋として今までずっと、忘れていたんだ。(だって初恋以外にも今までだって好きになった子はいる、)(自信がある、忘れられるって)今日、この日この時にに会ったから、少し思い出しただけだから。早く部屋に入って寝てしまおう、そして忘れてまた明日から野球に明け暮れる生活を送ろう。そうしたら、きっと思い出すことなんてないしまた好きになれる子だって、いる。もう会わなければいい、会わなければ。「孝ちゃん」の柔らかな声が、俺を引き止める。振り向かなきゃいいのにそれにつられて振り返った、は相変わらず笑ってる。 気付いたら、「おやすみなさい」と手を振って家の中に入りそうになるを追いかけていた。ぶり返してしまった初恋は、もう忘れることなんか出来ない。 貌が落ちる [2008/06/01] |