あたしには幼馴染がいた。何処か気弱で、頼りなくて、いつでもあたしが守ってあげなくちゃ!ってずっと思いながら過ごしていた。だけどある日、あいつは変わってしまう。いつのまにか体が男っぽくなっていて、一人称もちっちゃい頃の「僕」なんてものじゃなくて年頃の男子特有の「おれ」に変わっていた。怒ったり泣いたり笑ったり、表情がくるくる回るところは変りなかったけれど、いつのまにかあいつはあたしの知っているあいつじゃなくなっていた。そんな些細な変化に戸惑って、距離を置いたりして、自分で自分の首を絞める。あたしは、いつだってあいつの傍にいたくてたまらなかった。そうしてようやく、あたしはあたしにとってのあいつの存在意味を知る。いつの間にか、好きで好きでたまらなくなっていて、あの頃の気弱で頼りないあいつを守ることがあたしがあいつの傍にいることの条件だったのだ。自覚をするとますます距離を置いた。あいつはというと、あたしのそんな些細な変化にも気付かないくらいあたしに気にかけてはくれなかった。友達とか幼馴染としか見てくれないことは、充分に知っていた。だからあたしがどんなに距離を置いても、変わらず昔と同じように接してくれていた。それでも所詮は男と女、あたしが距離なんかを置かなくてもいつのまにか離れていって、廊下ですれ違っても目も合わせられなかった。いつのまにかあいつは彼女を作っていて、それはそれは可愛い子だった。小さかったあの頃は、あいつの隣にいたのはいつだってあたしだったのにその場所は完全に彼女に取られてしまった。それを見ているのは嫌で、黒いものに埋め尽くされているようで、あいつと彼女が行く高校とは違う高校をわざと選んで、卒業した。 高校には当然ながらあいつはいないのだから、きっと新しい恋なんてものもできるだろうなんて思っていた。けれどそんな簡単なものじゃなくて、消えるどころか大きくなる一方。あいつはあたしの脳みそに完全に住み着いてしまっている。 「あたし、あんたのこと嫌い」 「…」 「だいっきらい」 目の前の男は、水谷は、「俺は、が好き」だとかなんとか繰り返す。煩いなぁ、あたしが嫌いだって言ったのにシツコイやつ。 水谷はいいやつだ。明るいし、話しやすいし、音楽の趣味も合う。すぐに仲良くなった。だけどその水谷を取り巻く雰囲気が何処となくあいつに似ていることに気付いた。あたしはただ単にその雰囲気に呑まれて、オマケに無意識にあいつを求めていただけだった。あたしは、水谷をあいつの代わりにした。代わりにはしたけど結局水谷はあいつじゃない。泣いた。水谷があいつじゃないことに絶望した。もうそれが嫌で距離を置いた。そしたら、怒られた。なんで避けるんだって。俺、が好きだから、そういうの悲しいよ。寂しいよ。は俺のこと嫌い?って馬鹿みたいに聞いてくる。嬉しかった、あたしを好きだって言ってくれて。(でも嬉しさを感じたのは結局、またあたしが水谷をあいつの代わりにしたから)(あいつに言われたように錯覚したから)同時に悲しかった。似てるのに、目の前であたしを好きだって言う男はあいつじゃなくて水谷であることが。 「水谷なんか嫌いだよ」 放課後の教室で、あたしは静かに泣いた。水谷は、あたしに酷いこと言われたのに泣かずにただずっと傍にいてくれた。如何して、今此処にいるのは水谷であいつじゃないんだろう。でも、あたしはあいつの前じゃあこんな風には泣けなかったから、やっぱり水谷はあいつじゃなくて全くの別人なんだね。水谷がいてよかった、あいつじゃないことは悲しいけれど、水谷が水谷でよかった。そしてあたしは、そんな水谷の優しさを利用した。 盲目 妄想 滅亡 希望 [2008/03/30] |