立てよ。榛名君の言葉はわたしの心臓にぐさりと刺さってさらにその傷を抉り始める。わたしは彼の言葉を何一つ取りこぼさない、全てチクチクぐさぐさグリグリずきずきと受け止める。腕がヒリヒリするけれどわたしはそれを気にしてはならない。榛名君の言葉通りにわたしは立ち上がって、真正面から榛名君を見つめた。榛名君は何の感情も込められていない瞳でわたしを見つめて、わたしはそれを見ると泣きたくなった。いつからだっただろう、こんな風になってしまったのは。
好きって、伝えるだけでよかった。榛名君はきっとわたしのことなんか知らなかっただろうし、榛名君の周りにはわたしよりも可愛い子がたくさんいるし、何より榛名君は野球が好きだからそういうことにあまり興味を示さないのかと思っていた。だけど「別に付き合ってやってもいいけど」という榛名君の言葉でわたしの世界は一変する。いい意味でも、悪い意味でも。
「なぁ、さっき喋ってたの誰?」
「な…なんでそん、な…こと、」
「オレが質問してるの、聞こえなかった?」
「…い、」
わたしの腕を掴んで力を込めて、その上逸らせる。このままでは折れてしまう。わたしは痛くてその痛さに負けて、「ごめ、ごめんなさい…榛名君」と謝り続けた。今日こそは、と思っていたのに、やっぱりわたしは榛名君には、痛さには勝てない。やっと解放された腕を押さえてわたしは頭を下へ向けた。泣きたくなった。だけど泣いたら、榛名君が怒るから。涙が出る前にわたしは腕で顔を擦った、落ちるな、落ちるな涙。「んで、誰?」榛名君の声が冷たくわたしの上から降り注ぐ。
「…同じクラスの、野村くん」
「へぇ?お前、彼氏でもなんでもないノムラくんとあんな楽しそうに喋るんだ」
「ち、ちが…野村くんは同じ委員会で」
「んなこと聞いてねぇよ」
解放されたはずの腕がまた掴まれていて、一瞬何が起こったのかわからなかった。「うっ…げ、ほ」口の中から先ほど食べたお昼が無残な姿となって飛び出してくる。お腹が痛む。蹴られた瞬間その衝撃でにわたしの身体は榛名君から離れようとしたのだけれど、榛名君に腕をつかまれていたせいで引っ張られ、腕までもがもげるように痛み出す。「汚ねーな」わたしはしゃがみこんで咳き込んだ。榛名君は見下ろして、もう一度「立てよ」と言う。でもわたしは痛さに負けてそんな力入らない。さっきまで泣くな、泣いたらウザがられる、そう念じていたはずなのに生理的な涙は川のように流れていく。
「立てっつってんだろ」
「…っう……や、だ」
「は?」
「…わたし、…こんなことならわかれたい、…も、やだ」
榛名君は次第にわたしの腕を掴んでいた手が緩んでいく。その変化に驚いて、もしかして榛名君の心に少しでも響いたのかと期待して顔を上げると、これ以上ないくらい皺を寄せて唇を噛み締めて、目を細めて、わたしを見下ろす榛名君がいた。背筋が凍る。ああ、わたしの言葉はもうこの人には届かないのか、ただうっとおしいだけのものでしかないのか。「あ、そ」榛名君はパッとわたしの腕を離してさっさと歩き出す。わたしの離された腕は重力にしたがって投げ出されるように地面に落ちた。その瞬間、今まで力が入らなかったのが嘘のようにわたしはすっと立ち上がって榛名君を追いかける。榛名君の左腕を捕まえて、必死に握り締めた。わたしの頭上で榛名君がにやりと笑った気がした。
「もう嫌なんじゃなかったっけ?」
「…いやじゃない」
「ふーん」
もしかして榛名君は反抗しない女がほしかったのではないか、そしてわたしは条件に合っているから告白を受け入れてもらえたのではないか。そんな疑問が浮かんだがそれでも、榛名君の思うツボだと判っていても、欲を知ってしまったわたしにはもう感情を止めることができない。
榛名君はわたしの手をそっと離させて、それから握りなおす。優しい握り方。ほんのたまにだけどそうしてくれる手が好きだった。それからわたしが目を瞑ると、わたしの上に影が出来て、それに覆われる。唇を噛まれてほんの少し、血の味がしたけれどそんなもの今までの痛みに比べれば如何ってことなかった。きっと、これからもわたしと榛名君のこの関係は変わらない。
のもの僕は臓心
[2008/02/21]