バレンタインデーだというのに部活は全く休むことなくあって(まあいいけどね、野球楽しいし!)、もうへとへとだぁってくらい疲れていて、家に着いてから自分の部屋のベッドに寝転がるとまるでタイミングを計ったかのようにドアのノックが鳴る。俺が「ふぁーい」と気の抜けた返事をすると、ドアが遠慮なしに開けられて、遠慮なしに開いた人物(=姉ちゃん)はやっぱり遠慮なしにずかずかと部屋の中に入ってきた。そうして差し出したのは、綺麗なラッピングをされた箱。(おそらく中身はお菓子) 「さて、きっと今年も一個も貰えなかったであろう文貴にプレゼントよ」 「毎年ちゃんと貰ってるから!ていうか、姉ちゃんの作るチョコ不味いからいらないし!」 「不味いと感じるのは文貴の味覚が変なんでしょ。ていうか、あたしからじゃないし」 「えーじゃあ、誰?」 俺が投げかけた質問に姉ちゃんはにやりと笑った。姉ちゃんが楽しそうな顔をするときはたいていろくなことはない。姉ちゃんはとある人の名前を言って、そしたらすっかり疲れてへとへとだったはずの体を思いきり起こして駈け出していた。後ろで「あらあら青春ねえー」なんて姉ちゃんのからかう声が聞こえたけど、んなの無視だ無視。(でも家に帰ったらからかわれること間違いなし) ♪♪♪
「ちょ、さーん!」 「え、あ、あれ文貴くん…?」 家から走って3分くらいのところに、さんはゆっくりと歩いていた。この人のスピードは、歩くことも喋り方も周りを纏うオーラでさえもところどころゆったりしていて俺には心地いいのだ。全速力で走ってきたものだから、いくら普段部活で鍛えているからって意味はないくらい息が乱れていた。「姉ちゃんから聞い、て。あれ、さん、からだっ、て」途切れ途切れに、息も絶え絶えだった。って、いうか、あれ?なんで俺さんをおっかけて来たんだっけ?ええと、うーんと、兎に角逢いたいとか考えて突っ走ってて。頭が混乱していて「その、夜遅いんで送ります!」ととってつけたような言い訳を自分にも、そしてさんにもした。さんはふわりと笑って、「じゃあお願いしちゃおうかな」と言った。 さんは姉ちゃんの高校からの友達の一人で、俺が唯一顔と名前を覚えている人。姉ちゃんの友達はよくうちへ来る(そしてその時は隣の部屋がすごく煩い)のだけれど、覚えている人は極まれだ。姉ちゃんの友達にしては大人しい印象の人だったから、珍しい人だなー、なんて思っていたら印象に残ってた。……っていうのも、あながち嘘では、ない。 「あの、さん。チョコ、ありがとうございました」 「あ、あれね。『文貴は毎年チョコ貰えなくて泣いてる』って聞いたから」 「(姉ちゃんめ…!!)」 でたらめを他人に伝えるのはほんとにやめてほしいんだけど、姉ちゃん。特にさんみたいな子にそんなこと言ったら信じるじゃんか…!姉ちゃんの言ったことは嘘なんですって言おうとしたら、さんが苦笑いをしながら「でも、余計なお世話だったみたい、だね」と言ったので言えなくなってしまう。え、なに、どゆこと?俺が理解できないでいるとさんはその綺麗な人差し指で俺のコートのポケットを指した。ポケットの中には、部活が終わった後にモモカンと篠岡に貰ったチョコの箱。「帰ってきてからそのままだったんでしょ」さんは何でもなさそうに言うけれど、俺としてはこう、なんだか申し訳ない。 「や、でも俺ほんと嬉しかった、っす」 「それなら作ったかいがあったかな」 さんは俺より少し高い位置にある目を細めて、笑う。月に照らされていて、神秘的で、綺麗で、ドキドキする。それから何回か会話をするのだけれど、妙なドキドキがそれを防いで俺はまともな受け答えが出来ない(口調がまるで三橋だ)まま、さんの住んでいるマンションにたどりついてしまった。自動ドアの前でさんは「此処まででいいよ。送ってくれてありがとう」と「文貴くんも帰り、気をつけてね」と言った。それからこっちを振り返ることもなく歩き進める。本当は、ちゃんと知ってる。俺宛のはきっと姉ちゃんとか本命とかのついでに作ったものってことくらい。振り返ることもないくらい俺に気をかけてはくれないこと、俺のほうが年下なこと、そのこと全部が悔しい。「あの、さん!」さんは振り返って、きょとんとした顔をしている。 「あの、来年、は…本命が欲しいです!」 ずっと穏やかだったさんの顔が、赤く染まったことに俺はやっと満足する。 ロジック オブ
スタンス
チャイルド[2008/02/17] |