リビングに入ると甘い匂いが鼻をくすぐった。それと同時になにやら焦げ臭い匂いも漂う。甘いのと苦いのとが混ざっていてなにやら変な感じだ。まさかと思ってすっかり行き慣れた台所に向かうと、エプロンを身にまとったさんがいて、あちゃーと俺は頭を抱える。真っ白だったはずのエプロンの色は、茶色く、時に黒く所々が染まっている。


「よ、良郎くん…」
「…何してんスか?さん」
「りょ、うり」


半幅呆れたように言うと、さんは申し訳なさそうに俺にとぎれとぎれに言葉を放った。


さんはこれ以上なく、エプロンが似合う人だ。それはおばさんくさいという意味ではなく、女の子らしいということだ。「趣味はお菓子作りです」とか言われたら間違いなく信じる。(てゆうか俺はさんに何か言われたわけでもないけれど、しばらくはそう信じてた)現在彼女が身につけている真っ白な(今はもう茶色とか黒とかがこびりついて、真っ白とはいえなくなってしまったけれど)エプロンは俺が買ったものだ。絶対似合う!と思って買ったものなのだが、現在はそれが似合いすぎて可愛すぎて困る。うん、困る。(め、目を合わせられない可愛すぎる)そんなエプロンとかお菓子作りがとっても似合う彼女なのでしたが、彼女は残念ながら


「…クッキー、焦げちゃった」


とんでもなく料理音痴、なのでした。


料理、というよりすべてのことにおいて不器用な人である。裁縫も編み物もすごく似合いそうなのにどれもダメ。こう言っちゃ悪いけど、正直俺のほうが断然出来るほう。だから俺は、一人暮らしをしている彼女の家に上がりこんではご飯を作ってあげている。これも一つの日常で、彼女の家の台所は完全に俺のテリトリーとなってしまっているのだ。俺に教えてもらいながら料理をしても全然上達しない彼女が、何で今日一人でクッキーを作ろうと思ったのか。留年してる俺だってそこまで馬鹿じゃない、その理由はカレンダーを見れば一目瞭然だ。


「いつも良郎くんにはご飯作ってもらったりして、すごくお世話になってるからちゃんと作ってあげたかったの」
「…でも、さんだって自分の料理の腕くらい知ってますよね?」
「う……ちゃんとお礼したかったんだもの、しょうがないじゃない!」


うわ、逆ギレ。でも怒ってるところも可愛いなー、ってかなりベタ惚れなんじゃないの、俺。なんてことを考えているとはさんは露知らず、下から少し怒ったように俺を見上げる。「はいはいわかってますよお」顔がにやけるのを必死に押さえて、口元を手で隠しながらもう片方でぽんと彼女の頭を撫でた。その仕草が気に入らなかったのかさんは俺の手を振り払う。


「もうっ、良郎くんなんか知らない!」


顔を赤くして俺に背を向けて、自分の髪の毛を人差し指でいじり始めた。この仕草は、彼女が照れている時にの癖だということを俺は知っている。うわああ、もう俺無理!ひとつひとつの行動が可愛すぎて、思わずぎゅーっとさんを後ろから抱き締める。さんは嫌がる素振りもしないで大人しく俺の胸の中に収まった。


「俺、さんのクッキー食いたいな」
「…私の作るクッキーなんか不味いでしょ」
「うん」
「(そんな正直に言わなくても、)」
「でもさんのアイが詰まってるんでしょ?だったら俺には美味いんじゃないの?」


耳まで赤く染まっている彼女は、小さく「ばか」と呟いて、それが愛しくて仕方がないのだと思った。




綺麗に、
不安定に並列




[2008/02/14]