「、あの子来てるよ」 そう言って友達が指さした方向、教室の入り口には皆さんご存じ野球部四番バッター田島悠一郎がいた。田島くんは「せんぱーい!」と笑顔で手を振りながら大声で呼ぶ。声、でかいよ。田島くんは相変わらず笑顔で手を振っていたけれど、わたしが動こうとしなかったので「せんぱいってば!!」としつこく呼び続けた。先ほどまでは「せんぱい」とだけだったのに、今度は名前まで付け足されたので周りから「、呼んでるよ」と声もかけられる。はあ、とため息をついて自分の席から立ち上がると、隣に座っていた友達がひゅーとからかってきたので此処らで一発殴っておいた。 「で。何?」 「チョコください!」 「(やっぱりそう来たか)」 なんでこう、遠慮というものがないのだろう。いくら浜田の友達とは言えわたしは先輩なのに、態度的には先輩後輩関係なし、だ。「貰えること前提で言うの、やめてくれる?」と少し嫌味を込めて言うと「え、くれないの!?」と心底驚いた顔をされた。彼の中ではもらえることは決定していたらしい。(持ってきてはいるけど)(本当にやっかいなのに懐かれたな、わたし)今日のことだから、きっと用はそうだろうと思って机から離れる時に一応持ってきておいた。田島くんにそれを渡すと「なんだ、持ってきてんじゃん!」と嬉しそうに受け取る。それから「さんきゅ、せんぱい」と小動物みたいな人懐っこい笑顔を見せた。ほんと、笑顔の絶えない子だな。 「言わなくてもわかってると思うけど、義理だから」 「えー。俺本命がいい」 「本命チョコならたくさん色んな子に貰ってるでしょ」 野球部は何かと人気があるのだ。田島くんは四番だから特に目立つし、人懐っこい性格のせいで男女関係なく仲がいいから、よく女の子としゃべっているところも見ることもある。本命チョコの2個や3個、普通に貰ってても可笑しくはない。田島くんは拗ねたように頬を膨らまして「じゃなくて、せんぱいからの本命チョコが欲しいの!」と言う。田島くんはこういうところが妙にストレートでそこが嫌だ。本能的に動物的に動いている田島くんの言動は、わたしを混乱させるのだ。わたしは自分を保つため、あげないよと必死に言葉を絞り出す。相変わらず、田島くんは拗ねている。 「じゃあ本命いらないから代わりにせんぱいちょーだい」 「意味ないでしょ、それ」 わたしが苦笑して言うと田島くんは少し困った顔をした。けれどすぐにケロッと表情が元に戻って「ま、いーや。そのうち貰うし」ととんでもないことをさらっと言う。(ちょっと待て。なんでそこで断言が出来るんだ)それからやっと、予鈴が鳴って田島くんはやべ、と漏らし階段の方に目を向けたので、やっと帰るかとわたしは安心してドアを閉めようとしたが、締め切る前に二の腕を掴まれて、ほっぺに何か、触れた。 「もーらい!また貰いに来るから!」 耳元で聞こえた声に唖然として、顔を赤く染め上げる前に問題の田島くんはさっさと廊下を走り去ってしまう。…、次はもうちょっと防備を万全にしておかなくちゃ。頬を両手で押さえながら、わたしはぼんやりと考えた。 Re:versible gap
「さ、もうちょっと素直になればいいのに。あれほんとは本命でしょ?」 「…むり…。こういう態度にしとかないと絶対あの子に流される…!」 「…どっちにしろ流されてるじゃない」 「それを言うな!」 [2008/02/14] |