ザーザーザー。地面を強く打ち付ける雨が恨めしい。わたしはそれをただ見上げる。はーあ、ついてない。傘は忘れるし、委員会があったから友達は皆帰っちゃうし。委員会さえなければ雨が降る前に帰れたかもしれなかったし、降っても友達に傘に入れてもらうって手段があったのに。(今日は本当についてない)(苦手な犬に吠えられて車に轢かれそうになったり、数学でわからないところに限って指されたり、宿題もやる範囲間違えたし)強い雨はまだやみそうにない。雨を見上げては溜息を吐くしかない。しょうがない、やむまで待とう。この雨ならそんな長い間は降らないだろう。そう思ったわたしは下駄箱の前に座り込んだ。




?」
「っ!い、いずみ、くん…」




後ろから突然話しかけられたので少し驚いた。いきなりだったから、と言うのもあるけれど。それより泉くんがわたしに話しかけたということとわたしの名前を知っていたことに驚いた。たったそれだけのことでわたしは嬉しくて、胸のドキドキがおさまらない。馬鹿だな、わたし。こんなちっちゃなことでもドキドキして、話すことすらままならない。




「何やってんの?」
「か、傘、忘れちゃって…雨宿り。…泉くんは?」
「あー、俺も」




うざってーな、雨。と泉くんは苦笑してわたしの横に座った。う、わ。泉くんが隣にいる。委員会でしか同じ空間にいられなかったはずの泉くんが、今、隣に。ずっと教室の中から窓越しに野球部を見つめるしかなかったはずのわたしの隣に。わたし、変じゃないかな。わたしは泉くんの顔をまともに見ていられなくて急いでまだ曇っている空に目線を移す。泉くんも同じように動く気配がした。




「雨、やまないね」




出来るなら、もうちょっとやまないで欲しい。さっきまで恨めしかった雨だけど、今はまだ泉くんの隣にいたいなぁ。こんな機会、二度とないかもしれないし。泉くんを盗み見るとそばかすがすぐ横にあったことにドキドキした。こんなに可愛い顔してるのに、部活やってる時はかっこいいんだよね。不意に泉くんがこっちを向いて眼が合ったからつい恥ずかしくなって眼を逸らした。「は、は、はやくやまない、かな!」なんて嘘を吐いたりして。緊張して噛んだり声が力んでしまったりして、わたし、かっこわるい。




「…あれー泉だ。さんも一緒?!え、なに二人ってそーゆー仲…げふっ」
「水谷、黙っとけ」
「い、泉ぃ…行き成りチョップは…」
「…み、水谷くん、大丈夫…?」
「ん、平気平気。さんは優しいよね、泉と違って!」
「もう一回食らうか?」
「エンリョしておきます」




じっと座り込んで空を見つめているわたしたちに後ろから行き成り話しかけてきた水谷くんは、わたしの隣の席の人。水谷くん明るくて人見知りするわたしでも話しやすくて、いい人だとは思うけど。ごめん、水谷くん今だけは恨みます。水谷くんが意図してやったことじゃないだろうけど、タイミングが悪いよ。出来ればもうちょっと泉くんと二人でいたかった、なんて。きっと二人きりでもこれ以上会話するなんてこと、わたしの今の状態じゃあ無理だろうけど。水谷くんは大丈夫って言いつつチョップを食らった頭を痛そうに抑えている。その横で泉くんはハァと大きく溜息を吐いた。




「傘忘れたからやむの待ってただけだっつの」
「あ、俺2本持ってるよ〜。1本置き傘しててさ、使う?」
「マジ?サンキュー」




水谷くんは泉くんに折りたたみ傘を1本渡した。ふとこっちを見た水谷くんと眼があって苦笑いすると、「え、あれもしかしてさんも傘忘れたの?」と水谷くんが焦ったように言う。(傘、持ってたらきっと今頃電車の中でまったり本でも読んでるよ)水谷くんが困ってる。傘は2本しかなくて此処にいるのは3人で。




「泉、その傘、さんに貸して!」
「俺は?」
「俺の傘に入って!」
「…男と相合傘なんてゼッテーヤダ」
「ひどっ!ってゆーか、そうしなきゃさんが帰れないだろー!?」
「わ、わたしはいいよ。もうちょっとしたらやむだろうし、」




わたしが苦笑いすると水谷くんがまた困った顔をしたと思ったら、頭の上に豆電球がピカッと光ったように何かを思いついた!って顔をして、「じゃあさん俺の入る?」なんてニコニコと笑った。み、水谷くんちょっとそれは…。




「い、いいって!」
「此処で置いてくのは俺としても嫌だし!」
「で、でも、…」




なんていえばいいんだろう。好きな人の前で別の男子と相合傘するところは見られたくない、んだよね。たとえ泉くんが如何思っていようともこれはわたしのプライドというものの問題であって。でも水谷くんのキラキラした顔を見ると断りづらい。「え、と…」わたしが迷っていると突然何かに腕を捕まれ強い引力で引っ張られる。それからシュバッという音がして、そのまま外へと連れ出される。「俺、こいつと帰るから」「へ」「えちょ、泉!?さーん!」水谷くんの声がどんどん遠くに追いやられた。泉くんの手に引っ張られてわたしは走る。バシャバシャと水音が鳴って、泥が水がわたしの足に跳ねる。「い、ずみくん、…痛、い」「あ、ごめん」泉くんはわたしの腕を掴んでいた手を緩めるけれど、離してはくれない。泉くんのもう片方の手が傘を持っていて、傘は雨が打ちつけられてボツボツと音が聞こえた。水谷くんの折り畳み傘は二人は入るには少し小さくて、雨がわたしと泉くんの肩を叩いた。




「…泉くん?」
「俺、」




ザーザーザー。雨はやむことを知らないかのように打ち付けていて、傘にボツボツと音が煩くて、それでも泉くんの声はそんな障害物すらもすり抜けてはっきりとわたしに届いた。さっきまで恨めしかった水谷くんにこっそり感謝しなくてはならない。少し水谷くんのことをそんな風に考えたら一瞬わたしの腕を掴む手が強くなったので、わたしは考えることをやめた。「のこと好きなんだ」





雨 音


が褪せる




[2008/01/27][Thanks 20,000!][弥殊さんへ!]