べしゃ。冷たくて白い物体が私の顔に当たった。それが重力に従って落ちて、視界に見えたのは隣に住んでいる田島家の末っ子の悪戯が成功したような笑顔。怒りが込み上げてきた。


「ゆーいちろう!何すんの、いきなり!」
「雪合戦しよーぜ!」
「しない!私は本屋に行くの!」
「えーつまんない」


つまんないじゃねーよこの野郎。中3のこの時期によく雪合戦なんかしてられる。自分のことじゃないのにものすごく心配になってくる今日この頃。いや、私は自分のことでいっぱいいっぱいなんだけどさ。「雪だるま作ろーぜーー!」なんて声が後ろから聞こえてくるけど、無視だ、無視。大体、雪だるま作ったり雪合戦するお年頃でもない。私たちはもう中3で受験生なんだから。私は本屋へと向かう足取りを速めていった。
















やばい。参考書選ぶのに値段とか内容とかで悩んでいたらすっかり遅くなってしまった。まだ時間帯的には「遅い」というのには当たらないような気がしても、外はもう真っ暗で。冬って日が沈むの早いから早めに帰ってきなさいってお母さんに言われてたんだっけ。暗い夜道の中で、自分の家の前でごそごそと何かが動いているのが見える。あ、もしかしてお母さんかな、心配して外に出てきてたりして!なーんて考えてたけど、あの母がこの時間帯でそんなことするわけがないと頭の中から打ち消した。じゃあ一体誰が?近づいていくと、塀の前にいたのは毎度お馴染みの悠一郎とバケツを被った間抜け顔の雪だるまだった。


「よっ!」
「よっ、じゃなーい。あんたこんな時間まで雪で遊んでたの!?」
「そーゆーはこんな時間まで本屋かよ!ガリ勉みてーだな!!」
「中3のこの時期は誰しもガリ勉になるんです。てゆーか、あんたこそ遊んでないで勉強しなさいよ」
「やだ。今日誰もいねーんだもん」


悠一郎は、家に一人でいることを酷く嫌う。だからと言って中3のこの時期に遊び呆けるのも如何かと思うけど。私は、前回のテストの結果ですごく落ち込んで、勉強しよう!と気合を入れているのに、同じところを受けるはずの悠一郎はこのざま。私より成績悪いくせに、このざま。テストの結果は努力圏だったはずなのにこのざま。(ちなみに私はなんとか合格圏)おいおいおいほんとに大丈夫かよ。


、なんかピリピリしてね?感じわるー」
「あんたは少し焦ってピリピリしたほうがいいよ」
「そんなイライラするんならあんな高いとこにしなきゃいーのに」
「成績的には望みがないのは悠一郎も同じでしょ、努力圏のくせによゆーぶっこいちゃって」
「よゆーぶっこいてねーよ」


ぶっこいてるでしょーが、余裕じゃないけど。実際悠一郎がその状況本当に理解してるのか信じがたい。あんたひいじいちゃんが倒れてもすぐに駆けつけられるように西浦に受かりたいんでしょ、それならもっと真剣にやればいいのに。悠一郎を見ていると一生懸命突っ走ってる私が馬鹿みたいに虚しく思えてくる。「少しは息抜きしろって!」そう宥めてくる悠一郎の顔を見ると怒る気も失せた。(寧ろ呆れた)


「悠一郎はいつだって息抜きしてるでしょ、少しは勉強しなさい」
さっきからそればっか」
「当たり前でしょ。私が必死に勉強してるのに、悠一郎ったら遊び呆けてるんだもん。私が受かっても悠一郎が受からなきゃ西浦受ける意味がないじゃん」
「だなー」
「だから少しは頑張れっつの。私の努力が無駄にならないよーに」
「おう!でも今日はやっぱり雪合戦しよーぜ!」


こいつ、全然判ってないな。私は悠一郎と一緒にいたくて同じ高校にしたんだけどなぁ。私より絶望的な成績に頭が痛くなってくるけれど、「あ、それと。言っとくけど、俺ちゃんとやってっからな、勉強!」ニカッと笑いながらつけたす悠一郎を疑う気にもなれなくて、しょーがないかと肩をすくめた。それから悠一郎は私の腕を取って走り出す。雪が月の光に反射してキラキラと光る。その中を駆け抜けて、冷たい風が私の熱くなる頬を撫でた。







[2008/01/18]