「名前で呼ばせて」
「だめだ」
「じゃあ好きって言って」
「いやだ」
「…じゃあキスで」
「むりだ」


だめ、いや、むり。花井はいつもそうだ、私の要求なんてひとつも聞いてくれたことなんかない。大体ありえないと思うんだよね、付き合って三ヶ月経つっていうカップルがキスどころか名前を呼ぶことすら許されず好きとも言われず過ごすなんて!告白は私からだったし、それに花井は頷いただけだった。手を繋ぐ程度には進んだけど、私としては物足りない。花井が手を出してくれないから物足りない。強いて言うなら「欲求不満だ」


「公衆面前で危ない台詞を言うな!」
「じゃあ一つくらい叶えてよ花井梓」
「無理だし、フルネームで呼ぶな」
「じゃあ名前呼ばせて」
「嫌だ!」


ほらまた言う!私は梓って名前、好きだ。(カッコイイもん)でも花井は女の子みたいで恥ずかしい、とかなんとか、あまり好きじゃないらしい。私は好きだ好きだと何度も言っている、言うと花井が好きなんだ!って実感できるから。でも花井は言うことどころか私に言われることすらもあまり好きじゃない、恥ずかしいそうだ。それから、私はまだキスをしたことがない、好きな人とキスをするのが夢だったのだ。そしてそれが叶えられるのは今、花井しかいないのにそれすらもしてくれない。してって言っても、赤い顔を隠して誤魔化してしまうのだ。花井はわがままで意地っ張りで恥ずかしがりで可愛くて、でも憎らしいやつ。何も私に許してくれないんだもの。花井は譲ってはくれない、だけど私も譲らない。


「名前で呼ばせて」
「だめだ」
「じゃあ好きって言ってよ」
「いやだ」
「…キス」
「むりだ」
「なんで何もかもダメなの、花井の馬鹿!!」


ついにキレて、叫んで教室を飛び出した。急に叫んだ私に皆注目していたようだけど、そんなことは気にしている暇もない。花井の馬鹿、根性なし、ハゲ!走りつかれて階段の踊り場に座り込んで頭を腕の間に埋め込んだ。此処は穴場で、人があまり通らない。実際では叶わないから心の中で梓と呼んでみる。誰も返事はしてくれない。こっそり好きだと呟いてもそれを受け入れて聞いてくれる人なんかいない。想像の中でキスをした。虚しいだけだった。誰も何も叶えてはくれない、これを全部叶えてくれるのは花井だけなのに、




「おま、おどろくだろ…!」
「…はない」


行き成り真上から声が声が聞こえたものだから、思わず顔を上げる。走ってきて私は疲れているのに対して、同じように走ってきたであろう(だって追いつくの早かったし、)花井は特に疲れた様子もなく、私に目線を合わせるようにしゃがんだ。


「…あのな、あんな人の多いところでそ、そーゆーこと言ったりやったり出来るかって」
「花井があんまり奥手だから私が痺れ切らしちゃっただけだもん、私悪くない」
「あーはいはい、俺が悪かったって」
「気持ちこもってないし。…もういいよ、花井の気持ちはよーくわかった」


私はこーんなに花井が好きでも、一度も愛を返してはくれない花井は、きっと私のこと好きじゃないんだね。いや、告白を受けてくれたんだからきっと好きではあるんだろうけど、私が想っているほどの好きではなくそういうことを言葉に出したり行動に表したりするほどの価値がある存在じゃないってことなんでしょ。私が立て続けにそう言うとだから違うっつーの、と花井が腕を引っ張った。それに引き上げられて私と花井は立ち上がる。


「言っただろ、あんな人の多いところでそういうこと言ったりやったり出来るかって」
「…女の子は強引にでもリードしてほしいものなの!」
「だからって…あーもうこれじゃ拉致あかねー!」


肩を壁に押さえつけられて、一瞬だったけれど柔らかい何かが唇に押し当てられる。え、何これ。私と花井が、キスしてる?え、これって私の想像?でも想像よりも遙かに荒っぽくがさがさしていて、それが妙に現実感をかもし出す。軽く押し当てられた唇を離したあと、花井が「あんな」、私を見下ろして喋りだす。


「俺は、」
「…うん」
「…が、………やっぱ無理だ!」
「何よそれ!!」


結局私が好きとははっきり言われなかったけど、真っ赤になって必死な花井の言いたいことと気持ちはよーくわかった。うん、じゃあとりあえず恥ずかしがりの彼にせめて、今度は二人きりの時に同じおねだりしてみよう。そしたら何か一つは、許してくれるかもしれないから。








きみにえる




[2007/11/13]