「あれ、梓ちゃんじゃん。久しぶりー!元気?」 「梓ちゃん言うな!」 あたしと梓は幼馴染で家も近所である。だけどお互い違う学校へ通ってるせいで、全然逢うことがないまま四ヶ月が経ってしまったのだ。コンビニへ行こうとしたら玄関を出たところでばったり。梓も丁度行くところだったらしく、じゃあ一緒に行こうということになって今に至る。 「梓、何買うの?エロ本?」 「おっ…まえ、なー!」 「え、何、図星!?」 「女なんだからそういうこと普通に口に出すな!」 「いやん梓ちゃん、男も女も皆変態なんだよ!どうせあんたもそのエロ本でオナってんでしょ」 「お前は女版田島か。あと梓ちゃん言うな」 「…なに、誰?たじまって」 梓は相変わらずだった。面倒見のいいところも、名前呼ばれることが嫌いなことも、それから野球を頑張ってるところも。(まあ本人は別に野球じゃなくてもいいとか言ってたけど)(女が監督だからやめようとしただとか、三打席勝負で負けたことが入部切欠とか、なっさけないね、幼馴染として)だけど、小中と共有してきたものはあたしたちにとっては今やもう思い出だ。梓は梓なりの高校生活を始めていて、あたしはあたしなりの高校生活を過ごしている。勿論、梓にはあたしの知らない梓の友達だって出来ているだろうし、あたしにも梓が知らない友達が出来ている。当然の原理、当たり前のこと。あの頃はずっと梓の隣はあたしで、それは譲れなかったもので。だけどあたしの知らないところで笑っている梓には、たぶんあたし以外の人がいる。(例えばその、たじまとか) 「あー、田島は四番バッターで…まあ、すごいやつなんだよ、色々と。絶対と合うだろーな。あ、今度紹介しようか?」 「いらない」 四番バッターだと聞いて部活関係できっと男だろうとは思ったけど、男とか女とか、そういうのはきっと関係ない。あたしの知らないところであたしが知らない人と過ごしていく梓が嫌だった。自分勝手な考えだってわかってる。だから余計に嫌なんだ。「あたし今日友達ンちに泊まるの。だから、帰る」「え、!?おい、コンビニは!?」驚いている梓を無視して、あたしは走り抜ける。人とぶつかってもそんなこと気にしてなんていられない。風で髪の毛がグチャグチャになっていくなんて、知らない。 此処の坂道、小学校の時によく自転車で全速力で下りたな。あそこの公園はよくキャッチボールした。この家にはボールぶちまけてよく怒られたし、あの家の犬と散歩したりもした。一時期男女特有の思春期というやつで距離を置いちゃったこともあったけど、それでも一緒に過ごした九年間が長くて、そこら中が思い出だらけだよ。でも何処のあたしも、そして梓も笑ってたね。今まで全然、そんなこと考えなかったのに、梓と逢っちゃったせいだね、「馬鹿あずさ」 「馬鹿で悪かったな」 追いつかれて腕を掴まれて、振り向けば息を切らしている梓がいた。(仮にも運動部の人が、これくらいの距離でそんなで如何するの?)夏に入りかけのじめじめした空気と、運動したことで梓の顔は真っ赤になってる。 「、」 「…何」 「それはこっちの台詞だろ」 「……」 「言いたいことがあるならはっきり言えって。じゃないとわかんねーだろ」 ああ、やっぱり嘘ってばれたか。長い付き合いだから、判るだろうとは思ったけど四ヶ月の間にその勘が鈍っていることにかけていたんだけど。でも追っかけてきてくれたことは嬉しい。それだけのことなのに、あたしの中から熱い何かが込み上げてくる。 「あずさちゃんのばかー」 「あーはいはい。もう馬鹿でもいいからせめて梓ちゃんはやめてくれ」 「ばかー好きになっちゃうでしょー!」 「え」 梓の馬鹿、泣きたくなるじゃん、もう泣いてるけど。ねえ、一緒の学校に通ってた頃のことが思い出になっちゃったように、今こうして話してることもいつか思い出になるのかな。いつか、今年の夏のことを思い出して、懐かしいなんて思ったりするのかな。あたしはね、思い出になんかしたくないよ。梓がいて私のいる風景を思い出になんてしたくない。如何いえば伝わるのか、如何したらいいのかもうわかんなくて、涙が止まらない。「あーえっと、俺的には、…好きになってもらいたいんだけど」その一言でぴたりと涙は止まった。「…は?」「だ、だから、もう泣き止めって!」ゴシゴシと服で目元を擦られる。いた、痛いよ馬鹿梓。目元は熱いのに、でももう涙は出てこなかった。 「梓、あのさ。あたしがもし梓のこと好きって言ったら、あたし、また梓の隣にいられる?」 「も、元々の隣は俺だろ?」 梓の馬鹿。再びそう言うと、だから名前で呼ぶなって何度も、と梓のいつもの台詞が帰ってくる。なんだ、あたしだけだったんだ。でも、多分今顔が熱いのはあたしだけじゃないよね。だって、あたしたちが立ち止まって暫く経ってるのに梓の顔はまだ赤い。今日と言う日が思い出になるなら、思い出すのは今日のことだけじゃないくらい沢山の思い出を作ろう。あーあの夏はあんなことがあったなぁって思い出すときはあたしが一人ぼっちでいるときじゃなくて、梓も隣にいて、そうだな、なんて言ってくれるといい。それならあたしは、何もかも思い出にしてしまっても構わないんだ。だから、ね、あたしはそのときまで一緒にいてもいいんだよね。もう梓には、あたしのことなんか止められない。 ドラマチック
(梓。今度の試合応援しにいってもいい?)(あ、当たり前だろ!) [2007/07/28][夏歌様へ提出][music by Base Ball Bear] |