「将臣殿は本当に重盛様によく似ていらっしゃってますね。軽快な口調、笑う仕草、親しみやすい目つき、清盛様への対応の仕方、…性格だけではなく、お顔も重盛様にそっくりでいらっしゃいます。重盛様のご兄弟である知盛様や重衡様よりも、ずっとずっと。初めてお会いした時は、重盛様が蘇ったのかと思いましたわ。別人だと知っても、もしかしたら生まれ変わりなのかもしれないとすら。…ねえ、将臣殿はこの世界とは別の世界からいらっしゃったのでしょう?それだったら、本当に重盛様の生まれ変わりでないのですか?…違うだなんて、笑って言わないで下さいよ」 そうやって嬉しそうに笑う姿が愛しかった。寂しそうな背中を護りたかった。同じ質問を何度もして、その度同じ答えを返す俺にわかりやすいくらいに沈んでいる。クルクル廻る表情が愛しくて、頭を撫でると顔を少しだけ赤らめて「重盛様も、ただの女房である私にこんな風にしてくださいました」とだけ言って笑っていた。彼女がそれでいいのなら、そうやって笑ってくれるなら、俺は別に重盛の代わりでもいいだなんて。俺も馬鹿になったよなぁ。だけど彼女の妄言でそれは全て崩される。 「愛しい」その言葉を聴いただけで、頭に血が上る。彼女はそんなことをほざきながら、俺のことはこれっぽっちも見ていないじゃないか。俺越しに重盛を見つめて、重盛を愛しいと思っているじゃないか。ただの女房であるは重盛にそんなことは言えなかったから、ただの客人である俺にそんなことを言ってるだけじゃないか。重盛の代わりでも構わない。そんな風に考えていたのは俺、だけどこんなことは何一つ望んじゃいねぇ。 「重盛を見てるくせに…そんな風に言うな」 「え?」 「似てるとか還内府って呼んだりとか、俺を見て重盛を思い出したりとかは、勝手にすればいいさ。だけどな、これだけは譲れねぇ。俺は、生まれた時から有川将臣で、蘇った重盛でも重盛の生まれ変わりでも何でもないんだ。それを認めたうえで、好きだのなんだの言ってくれ」 「…将臣殿?何を言っ」 「俺を好きだとか言って錯覚するのはやめろって言ってんだよ。お前が好きなのは所詮重盛には違いねぇし、単に重盛に似てる俺と重盛を重ねてるだけなら迷惑だ」 「そんな、…勘違いです!私は確かに今でも重盛様をお慕いしていますけれど、それは尊敬の意であってそれ以上でもそれ以下でもありません。私は、ただ将臣殿が愛おしく思ったから、そう申しただけで」 「」 名前を呼んだら、目に涙を溜めながら彼女は俺とすれ違うようにかけていく。そうだ、こうなることを俺は知っていた。知っていたけれど言わずにはいられなかった。後悔はしない。追いかけない。それでいい。それなら多分、もう自分が重盛のせいで傷つくことなんてないさ。 その選択は間違っていたのかそうでないのか俺にはもうよくわからない。ただ、目の前には赤に染まったが倒れているだけ。戦だらけのこの世界で、生き残るなんて難しい。今までだってそうやって死んでいった仲間が何人もいるし、俺だって還内府として殺しまわっていた。だけど、なんでコイツなんだ。例えば、俺みたいな還内府や武士、それから怨霊が、こんな風に傷だらけで血まみれになっていたとしてもそれはある意味日常だ。なのに、戦には参加していないただの女房に如何して傷が付く?白は赤に染まって、瞳は色を失い始める。…助からねぇ。そう確信したと同時に、虚しさやら寂しさや哀しさなんてものが込み上げる。護りたいなんて、よく言えたよな。平家を潰させないって、これだけの犠牲を放ってでもか?落ち度なんて山ほどあって、それは減ることはない。護れない。ちっぽけで、無力な俺。目の前の彼女はまだ残っているらしい手を無理にあげて、俺の頬に触れる。まだ死んですらいないのに、もうこんなにも冷たい手。その手に俺は自分の手を重ねた。 「軽快な口調は私を安心させてくださいました。笑う仕草は何よりも愛おしいものとなりました。その柔らかい瞳を私に向けてくれたらと何度思ったのか数え切れません。…私に、頭を撫でてくれることが幸せでした」 「、喋るな!」 「いけないと、知っていました。私はただの女房で、貴方には既に愛おしい方がいらっしゃったんですもの。けれど、こうして私の元へいらっしゃってくれた、それだけで私は」 誰を想って、誰に向かって喋り続けているのかはすぐに判った。違う、だろう。今お前の目の前にいるのは俺なんだろう。最後まで、俺を見てはくれないのか。残酷なことをしてくれる。俺がどんな気持ちでいるかも知らないで。知らないというのはそれだけで罪となる。 「重盛様。はずっと、貴方をお慕いしておりました」 決定的な言葉を放つ。やめてくれ。俺は有川将臣で、平重盛じゃねぇんだ。お前の想っている相手は今此処にはいないだろう、いるのは俺だろう。俺越しに誰かを見るのはやめてくれ。似てるって言ってもいい、重盛のことを思い出して愛おしく想っていても構わない。だけど、目の前にいるのは俺だってちゃんと認識してくれ。認識した上で、そういうことを言ってくれ。重盛の代わりにするのはやめろよ。矛盾してるな、俺は。あんなに、代わりでも構わないなんて考えていたのにいざ代わりにされるとこんなにも心が苦しいなんて、少しズルイのかもしれない。 だけど、が好きだと想うのは俺ではなくて、重盛で。彼女の言葉は重盛には届かない。ああ、だからか。だから俺を代わりにするのか、残酷な奴。もう持ち上げることも不可能なくらい力が抜けている手、閉じそうになっている瞼、それを見てから小さく呼吸を繰り返し俺は自滅の道へ走る。あんなに否定したのに、自ら認めるなんて、な。やっぱ馬鹿だろ、俺。 「ああ、俺もだよ。」 彼女が目を閉じる瞬間、一瞬だけ名前を呼ばれた気がした。最後の最後まで、残酷な奴。それでも結局、ずっと重盛という名の幻影に囚われていたのは彼女ではなく俺だったんだろう。 LULLABY of
PRISONER
[2007/08/09] |