六月六日
カレンダーをじっと見つめながら、むいか、なのか、ようか、ここのか、順に指を折っていく。今日を入れてあと四日。そう思うだけでわたしの心は憂鬱という名の気持ちでいっぱいになる。ああ六月九日なんて来なければいい。けれど時間は刻々と過ぎていく。時間が過ぎていくごとに、ストレスがたまって重くなっていく肩。日に日にやつれていくわたしを見て、ハルヒくんは心配してくれている。




「本当に大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」
「大丈夫だよ。ちょっと、…考え事してたら眠れなくなっちゃっただけ」




そう言っておきながら、放課後、部活へ向かう途中に眩暈がしてそのまま視界を閉ざしてしまった。傾いた世界を見ながらわたしが考えたことは、このまま眠ってしまえば六月九日を通り越せるかなぁなんていう馬鹿なことで。眼が覚めた時はまだ六月六日の放課後で、わたしの顔を覗き込んでいたのはわたしの期待した人物じゃなくて、ハルヒくんだった。ハルヒくんにはすごい失礼、だけど。「考え事もいいですけど、あんまり思いつめちゃ駄目ですよ」そんな風に苦笑するハルヒくんを見て、ああ皆がハルヒくんに夢中なわけがわかった。こんな風に心配されちゃあ、わたしだってときめいてしまう。




さん、一体夜遅くまで何を考えていたんです?」
「ぷれぜんと、」
「……え?」
「プレゼントが決まらないの」




誰に、という質問は来なかった。ハルヒくんも理解したのだろう。一ヶ月ほど前からわたしを悩ませているものは、六月九日の常陸院ブラザーズの誕生日プレゼントについて、であった。












六月七日
今日、が学校を休んだ。昨日も顔色が悪くて、倒れてしまったのだから当然であろう。(倒れた時、僕らは部活で知らなかったのだけど、遅れてきたハルヒに知らされた)の家族はとことん過保護だ。娘が学校で倒れたとなれば、二日三日…いや、一週間は休ませるだろう。うん、でも一週間は困るんだよな。だって今日を入れて、いち、に、さん…三日後は僕らの記念日、誕生日である。毎日のように指を折って数えて、楽しみにしているのには馬鹿だ。なんで倒れるんだ。体調管理はしっかりしておいてよ。じゃないと、何をしてくれるのか楽しみにしていた僕らは何になる。そもそも彼女が来ない学校なんて、来ても意味がないんだ。それくらい察してよ。


チャイムの音が学校中に響き渡ったその瞬間、僕らは鞄を持って立ち上がって、教室を真っ先に出た。否、出ようとした。入口でハルヒに捕まってしまったのだ。ハルヒは昨日、僕らがのところへ向かおうとしていた時に言った台詞と同じものをもう一度、言う。




「光、馨。何処行くの?」
「決まってんじゃん」
のとこだよ。ハルヒでも邪魔したら怒るからネ」
「二人がさんのところへ行ったら体調がもっと悪くなるよ」




何それ。そりゃあ、色んな悪戯をして色んな人を困らしているけれど、こんな時くらい僕らだって立場を弁えるよ。相手が彼女なら尚更だ。ハルヒの言い方にはちょっとムッとしたので無視して僕らはの家へ向かうことにする。「ハルヒー、僕ら今日部活休むから。殿に言っといて」廊下を歩きながら振りむかずに言った。後ろでハルヒがどんな表情をしているかなんて、見ている余裕は僕らにはなかった。












六月八日
彼女が休んでから、一、二、…二日が過ぎようとしていた。目の前の双子はいつか環先輩に怒られた時の表情と同じような、不機嫌な顔をしている。聞いたところによると、昨日さんの家へ行ったはいいものの、彼女の体調は最高潮に悪かったので家の中へは入れてもらえなかったのだという話。たぶん、自分が考えてる分には彼女はただの知恵熱(知恵熱如きで、過保護な親だと思う)で、きっと原因は二人への誕生日プレゼントだ。一昨日、眼が覚めた後保健室で、「プレゼントが決まらないの」と泣きそうな顔で言われた時は反応の仕方に困ったものだった。そういえばよく授業中も彼女は指を折っては溜息を吐いていたっけ。




「本当はね。わたしは祝う側だから、楽しみにしなくちゃいけないのに」
「でもわたしは、九日なんて来なければいいなんて思ってる」
「だっていつまでたってもプレゼントが決まらないんだもの。決まるまで、九日なんて来なくていいのに」
「そんな風に考えるわたし、最低」




保健室の中で憂いそうな表情で彼女はそんなことも言っていた。世の中のカップルという存在は、大抵誕生日やらクリスマスやらバレンタインやら…そんなイベントごとには眼がないというパターンが多いのだけれど彼女の場合は逆だった。たかがプレゼント、されどプレゼント。プレゼント如きで彼女は倒れ、知恵熱を出すまでに至っている。プレゼントなんて、さんの心が詰まっていれば、二人は何だって喜ぶのに。だって現に、彼らは授業中に携帯のカレンダーを見て指を折っては嬉しそうな顔をしている。


今日は自分が見舞いに来て(熱は下がったらしいので入れてもらえた)、プレゼントについての自分の意見を述べると彼女はふんわり笑う。それから小さく「ありがとう」とだけ呟いて、眠りに入った。考え事をしすぎて頭が疲れたのだろう。自分は鞄を持って、無駄に大きい家を後にした。(ちなみに光と馨は昨日の無断欠席で環先輩に怒られている)(「二人が休む」と知らせなかったのは自分から二人への小さなあてつけ)












六月九日
来てしまった。とうとうこの日が、来てしまった。ずっと来なければいいだなんて考えていたけれど、わたしの願うとおりに止まってはくれなかった。眼が覚めた瞬間、顔は青くなる。熱はもう引いてしっかり寝ていたりもしていたのだけれど、起きていた時考えていたのは常にそれだったのにも関わらず結局何もいい案は浮かばなかった。一応身体的には元気になったわたしだけれど、精神的に今はまだちょっと辛いので顔色が悪く、それを見た両親は今日も学校は休めとの命令を下す。わたしは二人に逢ったら如何すればいいのか判らなかったので、両親のその言葉に素直に従って今日は休むことにした。


今日に限って眼が冴えて眠れない。昨日はあんなにぐっすり寝てしまったのに。ハルヒくんが来てくれたのにちょっと話しただけでわたしは眠ってしまった。ハルヒくんには悪いことしたなぁ。あ、そういえばハルヒくん何か言っていたっけ?記憶の糸を巡らせても何を言っていたのか思い出せない。あーわたしの馬鹿、馬鹿。如何してこう駄目なんだろう。倒れちゃうし、熱出しちゃうし、ハルヒくんに迷惑をかけちゃうし、結局二人への誕生日は浮かばないし。自分が情けなくて仕方がない。溜息を吐いたところで部屋の扉がノックされた。メイドさんかな、なんて思いながら返事をすると扉が開けられ、その向こう側にはわたしを悩ませてくれてる二人が、いた。




「ど、っどど、どうして」




驚いて指を指しながらどもりながら言うと、二人は笑った。「なんだ元気そうじゃん」「三日も休むからちょっと心配しちゃった」…ちょっと、なんていうけれどすごく心配してた、ってハルヒくんに聞いてる。




「ねぇ、。今日は何の日か知ってる?」
「な、なんのひ、だっけ…?」
「知ってるくせに。僕らの誕生日だよ」




両隣に座られて、逃げられないようにしっかり手を掴まれて、それから二人は嬉しそうに小悪魔にニヤニヤと笑う。「「だから、プレゼントもらいに来たんだけど」」それが目的か。ハルヒくんはすごく心配してたって言ってくれたけれど、二人は結局プレゼントのことが心配だったんじゃないだろうか。でもそれでもわたしがプレゼントを用意出来なかった事実は変わらない。泣きたくなる、でも泣きたくはない。わたしは掴まれた手をぎゅっと握り返しながらごめんなさい、と謝り顔を俯けた。




「用意、出来なかったの。何がいいか、判らなくて」
「知ってる」
「ハルヒから聞いたよ」




二人はハルヒくんから聞いていたらしい。如何いう状況で言ったのか目に浮かぶ。ああ、心配かけちゃったな、ごめんねハルヒくん。全くもって申し訳ない気持ちで一杯である。「「だから」」二人が続けた言葉に反応してわたしは俯いていた顔を上げる。そして降ってきたのは口付け。キスキスキス、唇を押し付けて、驚いて動けないわたしに何度もその行為を続ける。そして、何度目かのキスが終わると、二人はニッと笑ってわたしに告げる。




「「プレゼントに風邪、もらいに来たよ」」




あまりに予想外な発言にわたしは唖然。そうして二人は用が終わったから帰るとか言い出して立ち上がる。ちょ、ちょっと。急いでどちらかの服を捕まえた。「病人は寝てなきゃ駄目だよ」とかなんとか言ってベッドに押し返されるが、負けじと聴きたい言葉を口にする。




「それで、いいの?利益どころか損じゃない」
「いーの。にもらえればなんでも」
「他の奴にあげたら駄目だからな?」




二人の言葉で昨日ハルヒくんに言われたことを思い出す。「光も馨もさんから貰えるものならなんでも喜ぶよ」二人ともいいものは食べ慣れてるし、色んなところにも行った事あるし、中途半端に高いものをあげても喜ばないし、環先輩じゃないからきっと庶民グッズも駄目。そんな風に悩んでいたわたしに投げかけてくれたハルヒくんのアドバイス。それにわたしはありがとうとだけ呟いて、昨日は寝てしまったんだね。ハルヒくん、忘れててごめんね。


そうしてわたしがパッと服から手を離すと二人はあっさり離れていってしまう。ちょっとくらい、残っていてもいいと思うんだけどな。それに風邪なんて…わたしの熱はもう下がっているのにな、さっきのキスで別の意味では上がっているけれど。扉に手をかけた二人は振り向いてわたしに、こんな一言を告げた。




「「あ、そうそう。来年はもっとすごいプレゼント期待してるから」」








指折り待つ日
(ああ、また今日から来年にかけて指を折りながらプレゼントを考えなくてはならなくなった)


[2007/06/06][title by 恋したくなるお題配布][常陸院ブラザーズ聖誕祭様へ提出][HappyBirthday!!]